「
父、くれはは生前より、自分にとって30歳が転機だったと、頻繁に申しておりました。
若いころから、そして30を過ぎてからも、大変多くの方と出会い、交流し、別れを繰りかえしたものの、あの時、30歳の節目に一緒にいてくれた人たちに、本当に助けられ、また、たくさんのものをもらったと、そう申しておりました。
私はその時分、まだこの世に生を受けておりませんが、もしかしたら今この場にいらっしゃる方も、その時、父の眼に映っていた方々なのかもしれません。 非常に大きなあの2つの眼。
「目が大きいからゴミが入って困る」
「長くて綺麗な逆さまつげが抜けて目に入る」
皆さまもご承知の通り、煩わしい自慢のような文句をよく吐いておりました。すべてが懐かしいです。
父、松澤くれはとの最期の別れに際しまして、少しだけお話させてください。故人を懐かしむ時間も、月日が流れ、次第に色あせてゆくでしょう。
だからこそ、今日という日に、この場にお集まりいただきました皆々様と、父の生きた足跡を分かち合いたいのかもしれません。
お時間まで後わずか、どうぞお付き合いください」
息子の口から語られる、父・松澤くれはの半生。
産まれた町のこと。
自由気ままな小学生。
やんちゃな中学時代。
演劇と出逢う高校時代。
消沈のモラトリアム期。
人生における「伏線」の話。
抽象概念神と目に怒りをためる方法。
上京して劇団を作り、
夢砕けて居場所を失い、
一人じゃないと自覚する。
29歳までをふりかえり、
「さて30歳を迎えまして、ここからの父の活動はといいますればーー」
長い沈黙。
「……おや?」
観客をゆっくりと見まわしてゆく。
「礼服はどうされました。いや、違う。先ほどまでいらした方々とは、ええと、あなた方は誰……ああ、不思議なことも、あるものですね。
はじめまして。皆さま、いつからいらっしゃったのですか。
このような場には、やはり、そういうことが起きるのでしょうか。それとも、(机の新聞を手にとり)ははあ、なるほど。平成28年6月28日。そうですか。なるほどなるほど。
いつの間にか、私が迷いこんでしまったようです。ただ振り返るつもりが、その場に、居合わせることになるとは。
そうしますと、皆さまは、私がお話した先、それから先の松澤くれはを、これからその目で見ていくわけですね。同じ時代に、同じ時間で。一安心でございます。
ならばもうこれ以上語るのは野暮でございましょう。私からのご挨拶は、これにて終わりにいたします。
さて。それでも幕引きにはまだまだ、時間がかかります。上演時間はあと……途方もなく、それでいて短い。どうぞ皆さま、最後までごゆっくり、お楽しみください。
誰かの人生の物語を見つめている時、その人もまた、自らの人生の物語を、誰かに見せているのです。
あなたとわたしが「We」に近づくために。
御清聴、ありがとうございました」