色んな作業やウロウロでブログ更新できずにいました。
これもようやくひと段落。
今日は久しぶりに出かけた夏の終わりの
義父母の墓参りのことを書きましょう。

義理の母親は、亡くなる前に僕たちに
こんな言葉を一つ残していた。

「あのねえ、あんたらが困っていることや、
難儀なことやなあというのは
私が全部あの世にもっていくからね。
安心して暮らしたらええよ」
とまあいわゆる遺言とでもいうのでしょうか。

その後、我が家には孫も生まれていったし、
脳梗塞で倒れた私も無事にこの世に引き戻してくれた。
また趣味の面でも、絵が新聞等に載せてくれるようになったし、
友達のおかげで展示会まで開かせてくれるようにもなった。
もうなんかありがたいことがどんどん続いている。

これらはきっとみんな義父母が
導いてくれたんだと感謝することしきりなのである。

そこに先日墓参りに行った。
奈良の當麻寺の中にあるお墓である。
義父母があちこち歩きまわって
見つけたところに作ったお墓。
最初は遠いなあという印象だったのですが、
車だと早いと30分くらいで突くような場所で、
静かな里山のふもとにある。

曇り空の穏やかな日にお墓参りに行って、
義父母に色々とお願いをしてこようと
出かけていくことにした。
行くときには、これまでのお礼も掲げていく。

今回、持っていくお礼は、
義父母の住んでいた和歌山の土地と建物が、
いい形で処分できたことに対するお礼だ。
これに対しては、doiron自身に
予言が下りてくるような形で指示があって動き、
それがどんどん落ち着いていったので、
事前の準備も意外に的を得ていて
自分なりに驚くように問題も解決していった。

多分その都度義父母からの指示が
下りてきているように
いい形に落ち着かせてくれたんだろう。

ミセスでさえ僕の動きに驚いていたほどだ。
こうなるだろうから、こうしておこう。
ああいうかもしれからこういう準備が
必要だというのが見事に的を得たのだからありがたかった。

そんなことへのお礼の報告も
心に込めて墓に行ったわけだ。

墓の前で手を合わせ、お礼を述べた後、
これからの事も頼んでおいた。

家族の健康等のほか、趣味の面では
絵つぶやきの作品つくりや展示会、
カレンダー作成、新聞投稿が
うまくいきますようにとお祈りしておいた。
以前だったら、トライアスロンや
ウルトラマラソン完走なんかを
お願いしたのだろうが、
今はもうまったく願い事が違っているのは、
何ともまあ人生って面白いものだ。

墓の帰り道には、竹内地域に寄った。
翌日出かける予定の展示館の
司馬遼太郎が三歳まで脚気のために
里子に出されていたところである。

彼の作品もいろいろと読んだ。

竜馬が行く、菜の花の沖、空海の風景、
街道をゆく等々。
人生のいろんな場面が彼の作品の読書時期と
それとなくつながっているのが面白い。

だから彼の作品が限りなく我が人生の隅々を
飾ってくれているような気がしてならないのだ。

10年以上前に彼の展示館には
いったことがあるが、
今回のこれもこの秋の楽しみな企画なのである。
静かな竹内の村々を歩きながら、
自分の歴史をちょっと振り返ったりした、
夏の終わりの墓参りの一日だった。