うちの家は、表通りから一本入った共有道路の奥にある。

その共有道路に面して建つ家の一軒に、シングルマザーの親子が暮らしている。で、そのお母さんの実家は表通りを挟んだすぐ向かいだ。聞けば、もともとこの家にはお婆さんが一人で住んでいたのだけれど、向かいの家族がお婆さんの面倒をずっと見ていて、亡くなったときに家を譲り受けたのだという。そんな、棚からぼた餅のような話が本当にあるんだなと驚いた。

 

それとは別に、うちの隣には、夫の小学校時代の校長先生が住んでいた。

引越してきたときは知らなかったのだけど、あとから夫の恩師だと分かった。

校長先生ご夫婦にはお子さんがおられず、私たちが引っ越して何年か経った頃に校長先生が亡くなり、奥様が一人で暮らすようになった。 今度は、同じ共有道路の別の家族が、その奥様の面倒を見るようになった。

そして奥様が亡くなったあと、その家族がお隣の家を相続した。

お隣さんは相続した校長先生の家を売却し、それに自分の家も合わせて手放して、故郷のクライストチャーチに立派な家を買って引っ越していった。

 

そして今は、5軒隣に一人で暮らしているお婆さんがいる。犬の散歩の途中で顔を合わせた時は、お医者さんをされている息子さんが顔を出してくれたと、嬉しそうに話してくれた。最近では、また別のお隣の家族が、お婆さんの郵便受けの管理をしてあげている様子を見かける。

 

そういうわけで、私が見る限り、ニュージーランドに今のところ相続税がないことの思わぬ効果というのは、独居のお年寄りの家を相続する見返りも含めて、自然と隣人が支え合うようなセーフティネットが地域にできていることではないかと思う。 

もし仮に相続税があって、遺産の多くが国に持っていかれるようなシステムだったら、隣近所としてお年寄りの面倒を見るエネルギーも、ここまで湧かなかったかもしれない。

 

もちろん、これはあくまで私の家のまわりの小さな話であって、ニュージーランド全体の話ではないし、きちんとした根拠があるわけでもない。それでも、相続税がないというシンプルな税制の背景が、こうした人と人との結びつきを後押ししているように感じられる。私も年老いたらこの持ちつ持たれつの打算を頼りにご近所さんにお世話をお願いしようと企んでいる。