逃がした魚は大きい | あぶくさぶく

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トルコ語あれこれ

「逃がした(逃げた)魚は大きい」

よく使われることわざですけど、解釈には 二通りの流れが あるようですね.
1. 取り逃がしたものは 実際より価値があるように見えて くやしいものだ.
  例)先月別れた彼女、今から思えば「逃がした魚は大きい」って感じだな.
2. 取り逃がしたものは 実際より価値があるように見えるけど 実際は それほど価値はない.
  例)くよくよするなよ、「逃がした魚は大きく」見えるもんだよ.

力点の置き方が違うだけなんですけど 正反対の意味になりうることわざですね.
ちなみに このことわざ 「一石二鳥」なんかと違って 中国や西洋から入ってきたという証拠はないようですね、サイトを ざっと検索したかぎりでは. 一応 英語のことわざとして "You should have seen the one that got away." というのが載ってましたけど、これを和訳して「逃がした(逃げた)魚は大きい」には ならないですね、多分.

ところで トルコ語にも Kaçan balık büyük olur. (逃げた魚は大きくなる)ということわざが あるらしいんですが、これは まさに 日本のことわざとまったく同じですね. Kaybolan koyunun kuyruğu büyük olur. (逃げた羊のしっぽは大きくなる)とも いうらしく、こっちの方が トルコらしいですね. 羊でなく<羊のしっぽ>というのが おもしろいです. ただ、周囲に聞いた話では 前者の魚のことわざの方が よく使われるようです.
こういう魚のことわざは、なんとなく トルコらしくない感じだし、日本のと あまりに似てるんですが、かといって 日本から 来たとも考えにくいし、謎ですね.



湾の対岸と結ぶ連絡船 (イズミル)
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