江戸時代の日本同様、トルコも オスマン時代には 苗字が ありませんでしたから 同名の人物を 区別するために 特徴をあらわす言葉を つけていたようです. 日本に比べて メフメットとかアリなど 伝統的な名前が多く、日本より はるかに 同名の人物が 多いたと思われるので 区別する必要も 大きいんだと思います.
特徴をあらわす言葉には いくつか パターンが あるようです.
☆ 出身地をつけるもの
「パルガ出身のイブラヒム(Pargalı İbrahim)」とか「キョプリュ出身のメフメット(Köprülü Mehmet)」
☆ 職業の名前をつけるもの
「郡長のディラーベル(Kaymakam Dilaber)」、「肉屋のジャッバル(Kasap Cabbar)」、「仕立て屋のハサン(Terzi Hasan)」、「ミルク売りのラーミズ(Sütçü Ramiz)」
☆ 父親の職業(あるいは身体的特徴)+息子
「時計屋の息子のアリ(Saatçıoğlu Ali)」、「びっこの男の息子のムラット(Topaloğlu Murat)」
☆ その他
狭いグループの中だけで呼ばれる場合、さらに省略して・・・単純に 本人の特徴だけで呼ぶ言い方、、単に 職業の名前だけで呼ぶ言い方、単に 出身地だけで 呼ぶ言い方、父親の娘と説明する言い方なども あったようですね.
ところで、女性の名前が あまり出てきませんが、当時 女性は 何と呼ばれてたんでしょうか? 出身地は 女性にも つけやすい感じがしますが、当時 女性が外で働く機会は 現代より 少なかっただろうと思われるので 職業名をつけられるのも 限られていただろうし、まして「~の息子」というわけには いかないから 別の言い方で 区別してたんでしょうね.
話はとびますが、東アジアでも 日本だけですね、外国人に対して 自分の名前を言うときに 英語のように 苗字をあとにつけて言うのは. 相手を基準に物を考える 日本人らしいです.
実際のところ <名前が先、苗字が後>というルールがないと どっちが 苗字だか わからないという問題もあります. 苗字を 大文字で書く・・・というのは、恐らく 学問の分野から始まって、最近では 一般にも 定着しつつあります. 確かに 一目瞭然なんですが、それは あくまで 文字に書かれた場合のみ. 発音するときに <大文字で 発音>するわけには いかないので 結局 耳では 区別できません. ということで、私は 今でも 苗字を後に 言うことにしてます.
余談ですが、テレビドラマ「Muhteşem Yüzyıl」に出てくる宦官たちには 花の名前が つけられています. Sümbül(ヒヤシンス)とか Gül(バラ)など. しかも 彼らは ハレムの女性たちからは Sümbül Ağa、Gül Ağa などと ağa (旦那、親分)という 男性的な称号つきで 呼ばれるので 違和感・滑稽感たっぷりです.
イズミル・ボルノヴァのカフェ街「Sevgi Yolu」
