40過ぎの娘 | やまとうた響く

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日々の出来事や想いを綴っています。エッセイ風に書けたら素敵なんだけれど。

二十歳そこそこで母になった長女もすでに42歳になった。まだ我儘放題の長女が母になり、その初めての子供(やまと)が、脊髄性筋萎縮症、それも最重度と言う難病を背負って産まれてきた。


その難病を持つやまとは1歳から人工呼吸器を装着し、寝たきりで自分で自分の体を動かすことはできず全介助の子育てが始まった。


20代そこそこの若い遊び好きだった夫婦に与えられた壮絶な試練だった。そして私達夫婦も。何より大変なのは吸痰に追われ、酸素濃度が下がると危険を知らせるためのアラームが鳴り響き、朝も昼も夜中までもそれが続き、連続した睡眠は全く取れないことだった。


そんな状況のやまとも、長女達は出来る限り健常児に交わる暮らしをさせたいと、幼稚園から高校まで、必ずどちらかが毎日付き添いストレッチャーで通学させた。そして昨年高校も無事に卒業した。


それまであの我儘で自分勝手だった長女が、ひたすら自分を抑え子供のためだけの人生だったけれど、大和の高校卒業でほんの少しだけ自分の時間ができるようになった。それを機に、昔運動好きな長女が働いていたスポーツクラブで親しかった人の声かけで、夫が休みの週末だけ、やまとを任せてスポーツクラブのパートに復帰した。職場の人も長女の事情を理解してくれているので、無理なく仕事をさせてもらえ感謝しかない。


それでも、夫婦どちらかは決してやまとから一瞬たりとも目が離せない暮らしは継続している。数カ月に一度の1泊の治療入院の時すら慣れない看護師には吸痰を任せられないと病院に付き添い、病院ですら人の手に委ねることは頑なに拒否するのだった。


けれど、長女もさすがに40代になると以前とは体力も違う。それはこれから先年々落ちてくる。今のままの生活には無理が生じるのは間違いない。そんな先月やまとが調子が悪くひっきりなしの吸痰や介護が続き、その間妹のうたは我が家に預かったりと、大変な状況が続き、ついに長女の限界がきた。


やまとのアラーム音に全く気づかず眠りこけてしまい危ない所だったらしい。過去一度もそんなことはなかったのに。そんな長女達を唯一信頼してやまとを任せられる訪問看護師さんが見かねて、このままじゃ死ぬで!と救急車を呼びすべての手配を整えてくれ病院に搬送された。


訪問看護師さんはこれまでの経緯や吸痰の微妙なところすべてを細かく綿密に伝えてくれて、初めて長女がやまとから離されたのだった。もちろん面会はできるけれど、付き添いはできないことになった。


心配マックスの長女ではあるけれど、体がついていかない。病院や訪問看護師さんから絶対大丈夫だから、と説得され、病院側も今までの治療入院の時にすら、お母さんに任せきりだったけれど、しっかり病院側が責任を持つからと、病院側もしばらくやまとを入院させて、訓練!?してくれることになった。


ギリギリのところで助けられたのだと思う。やまとのことは頑なまでに他の人や施設にも短期でも任せられずにいて、訪問看護師さんにだけ数時間お願いできる状況で19年間頑張ってきた。


今もやまとは入院しているけれど、近いうちに退院できるだろうからこれからも同じ様に吸痰や介護は続くけれど、いざと言う時は病院でやまとを任せられる、と言う拠り所ができただけでも気持ちが救われるだろう。今まで病院にすら託せなかったことがそもそも異常だったのだろうけれど。


そしてそんな長女が、初めて自分だけのためのある試みに挑戦することにした、と先日ラインがあった。



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えええ〜っとビックリした😳 ちょっと呆れる。休める時には少しは体を休めればいいのに、なんて思ったりもするけれど、長女が自分でやりたくて自分のためにやろうとしている初めてのことなんだな、と呆れた後に嬉しくなった。大好きなスポーツクラブで培った自分の知識、技術を発揮したかったんだろう。それにしてもじっとはしていられない性分なんだろうな、と思う。これは明らかにとーさんの血筋だろう。応援してるよ🥳 私も参加したいな。巻き肩だし肩こりひどいし😁