連休が終わった頃に久しぶりの友人とランチに行った。連休は子供達も帰省の予定がなく私も仕事をしていたのでご褒美ランチとも言える。
その日はあいにくの空模様だったけれど、まるで日本ではないかの様な空間のお店と食事を堪能した。
その時たまたま友人が私のスマホの待ち受け画像に目がとまったらしく、それ何?埴輪?と尋ねた。確かに埴輪だ。
私がこの埴輪を初めて知ったのは風遊花さんのブログで2016年だから9年も前になる。

志村さんは、神奈川の松田の山の上に窯を持たれており、埴輪1000体修行をされていて、それらに関しては決して販売はされていないのだそうだ。
ただ販売用も創られてはいるけれど、数も限られ現地に行かないと手に入れることはできない。それでも何年か前に風遊花さんが年に一度開催される風遊花展でいくらか取り扱われたことがあり、無理をお願いし1点の埴輪を購入させて頂いた。

いつかまた仏様の様なお顔の埴輪さんもお招きできたらいいな、と思いつつ待ち受けにさせてもらっていたのだけれど、思いがけない形でその願いは絶たれてしまった。
年に一度の今年の4月の展示会を前に倒れられて志村正之さんは永眠されたとのあまりに突然のお知らせに今もまだ信じられない気持ちでいる。実際にお会いしたことはないけれど、ほんとに穏やかな優しい笑顔のお写真は拝見していたし、作品にその人柄が表れている。ほんとにもう新たな作品に会うことができないとは、神様はいったい何を思われたのだろう、とずっと思っている。1000体の目標をまだ残してあの世に連れて行かれるなどとは。ひとつだけでも我が家に埴輪さんがいてくれたことは幸いだった。なんて儚いのだろう、と思わずにおれない。
ただ我が家にはもう一つ、志村さんの埴輪の隣に寄り添うまるで子供の様な埴輪がいる。
何かの話のはずみでそのことを知り、姉より母が持っていたいよ、と長女から私に受け継がれてきたのだ。全く覚えていなかったくせに😅
ふと、いつ作ったんだろう、と気になった。紙粘土などではなく、ちゃんと窯で焼かれていて、裏側には自分の名前を刻んでいた。図工の時か、バス旅行か何かの時の体験でなのか、と思うけれど、作品を見る限りあまりにちゃっちくて、小学校低学年の時の様にしか思えない。
たぶん長男も覚えていないだろうけれど、一応聞いてみたら、覚えていた😁
志村さんの作品と並べるなどおこがましい限りだけれど、あらためて長男の埴輪も私には大切なので、埴輪さんの長男みたいに並べさせて下さいな。
友人が私の待ち受け画像に目をとめてくれたお陰で、長男の埴輪の出生も明らかになってすっきりした。志村さんの埴輪さんもわが家でずっと生き続けていく。










