やまとうた響く

やまとうた響く

日々の出来事や想いを綴っています。エッセイ風に書けたら素敵なんだけれど。

今日は朝から久しぶりにまとまった雨が降る一日になった。梅雨に入っていることだし、雨も必要で、明日の夏至に向けての浄めの雨かな、などとも思うけれど、災害にまで至らないことを望む。


この時期になるとやはり紫陽花がどこかしこで美しいな、と思う。我が家にも2種類の紫陽花が綺麗に咲いている。ひとつは前に鉢植えを買って地に移し替えた紫陽花がすっかり大きくなってもう何年も毎年楽しませてくれている。紫陽花の種類の名前も知らないままに。










この紫陽花の下には先代にゃんこ達が眠っている。とーさんが作ったお墓で。

そしてもう一種類は今の家に引っ越してから実家に植えていた紫陽花を挿し木だったかで持ってきた紫陽花だ。





これも名前はわからないけれど、当時母が八重の紫陽花が珍しいからと誰かに分けてもらって実家の庭に植えていたものだ。今は多くの種類の紫陽花が見られるようになっているけれど、その頃は珍しかった気がする。私にとっても実家にあった同じ株の紫陽花が庭にあるのは嬉しいことだった。




それでもお隣の家にまでせり出してきたし、摘み取って家の中でもあちこちに飾った。





玄関だったり



お手洗いだったり




キッチンだったり


そして両親の写真の所にも。それから仏壇にも、と想ってあることを思い出した。もう何十年か前、うちの義母は花が好きであらゆる花を植えていたけれど、いつだったかこのくらいの季節に訪ねた時に、そう言えば紫陽花は植えてないなぁ、と言うと、わたしゃ紫陽花か嫌いなんじゃ!と義母が答えた。


紫陽花が嫌い!?そんな人がいる!?とその時かなり驚いて記憶に残っている。どうして嫌いなのか聞いたかもしれないけれどそれは覚えていない。花の色が土によって変わってしまうのが嫌なのかな、と思っていたけれど、この年になると紫陽花そのものが嫌いと言うより、紫陽花にまつわる嫌な思い出があったのかもしれないな、と思う様になった。今となっては何もわからないけれど。


それでも昔よく見ていた花を久しぶりにどこかで見かけると、ふっと昔にタイムスリップしたかのようにたまらなく懐かしく昔の思い出に浸ることがある。そして花の香りもやはりタイムスリップへのスイッチのように。


私はそんな昔よく見ていた花で嫌な思い出は何もないけれど、こんなに過去が思いだされるのだから、嫌な思い出があるならそれもリアルに思い出すこともありかもしれないな、と思う。当時は紫陽花が嫌いなんて変わってるな、としか思わなかったけれど。


懐かしい花で言えば、最近は昔近所でよく見かけていた定番の花を見かけることが減ったな、と思う。すっかり品種改良された目新しい綺麗な花ばかりが目につく。以前ふと松葉ぼたんを懐かしく思い出して探したことがあったけれど、今は私が昔見ていた夏にどこにでとあった松葉ぼたんは全く見当たらなくなっていた。目にするのは八重の松葉ぼたんか、ポーチュラカと言う花はそっくりだけれど葉っぱが違うものばかりだった。


それでネットで探しに探し、ようやく種を見つけて昨年植えて今年もたくさん芽を出した。そしてまだ紫陽花の季節に昨日1輪だけ花を咲かせた。




子供の頃の夏を思い出す。まだ1輪だけだし今は紫陽花がまだまだしばらく楽しめるけれど、紫陽花が終わった頃に松葉がもっとたくさん咲いてくれるだろう。そしてオシロイバナや朝顔も。紫陽花の後にはそんな花達が控えていて楽しみだ。

ちなみに仏壇には紫陽花はお供えしなかった。紫陽花を嫌いだと言っていた義母には嫌がらせになりそうだから。義母のいる仏壇にだけは他の花をお供えしておいた。あの世でもやっぱり紫陽花が嫌いなのかな、と思いながらお供えしたのは定番の菊の花にした。