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墨 言葉家はっち ブログ -EGAKU書-

『書』という字が『筆を手に持ち墨をつける姿の絵』から生まれたように
『絵を書くように自由に書を書いていく。』
※諸説あり


勿論、学校の授業で喋ることよりも書くことや読むことに時間を割くからってのが良くある理由。

これはただの教育上の問題であって大したことない。


もっと問題なのが日本語に「主語が要らない事」

その意味は、主語が必要な時は重要な話題の時だけで日常会話で「私は、僕は、俺は、あなたは、君は、彼は、あいつは、彼らは、奴らは」とかいちいち使わない。


・(私、)昨日、服かったんだ。
・(私は、)明日、山に行くよ。
・(私の名前は、)はっちです。
・(あなたは)映画行く?

メールとか見返すと全然主語を使ってない事に驚く。

英語でメールやり取りしてると
自分だけじゃなく相手(ネイティヴ)も必ず
「I , you , he , she, they , it」って付けてくる。

んで、これらを付けないと「おや?なんのはなししてんの?」ってなるらしい。


昨日服かった。
誰が?っては日本人はならないんだけど、
英語圏の人達は誰が?ってなる。

んなもん「俺が話してんだから俺が昨日服かったんだよ!」

映画行く?
誰が?
「んなもんお前に聞いてるんだからお前だろ!」

ってのが日本語。

これは、「誰がなんの話してんのか言わなくてもわかるよね?」って前提で話をするこの感じが日本の「空気読む」とか「間」って奴を作ってんだと思う。

んで、「空気や間」を読んでるつもりだから「私が」って会話の度に言われると「お前が喋ってるんだからお前の事だろ!」
ってなる。


それに

日本人の主語は、
装飾的な要素を含んでるんだと思う。

「僕」ってへりくだってみたり
「俺」って突っぱねてみたり
「私」って畏まってみたり。

言葉に色を付ける為に使い分けてると思うわけ。

だから、日常会話で主語付けなかったり曖昧になったり、いざ使いたい時は日本語の主語が担って居る雰囲気を英語で出すのに凄く困るんだよね。


はっちと結婚してくれませんか?
俺と結婚してくれませんか?
私と結婚してくれませんか?
自分と結婚してくれませんか?
僕と結婚してくれませんか?
おいらと結婚してくれませんか?

主語が違うだけで受け取る雰囲気が全く違う。

はっちと結婚してくれませんか?
→バカっぽい。子供っぽい。

俺と結婚してくれませんか?
→イキってる。オラオラしてそう。カッコつけ。引っ張ってくれそう。

私と結婚してくれませんか?
→丁寧。使い分けができる。

自分と結婚してくれませんか?
→改まってる。緊張してそう。

僕と結婚してくれませんか?
→ピュア。優しそう。

おいらと結婚してくれませんか?
→子供っぽい。破天荒。自由。

もちろん受け取り方はそれぞれ違うと思うけど、使ってる一人称と彼女との関係は相関関係にあると思う。

しかも、日本語は一人称を二人称に使える!?


私は何食べたい?
→ちょっと見下してるけどイラついてる感じはしないかな?

僕はどこからきたの?
→警察か大人が子供に聞いてるのかな?

自分はどうしたいの?
→言ってる人はちょっと上からでイラついてるのかな?


日本語の主語って話す相手との関係性を表現したり人柄(職業)を表現したり出身地を表現したりする結構複雑で日本語としては文を構成する上で重要な役目を含んでるんだよね。

しかも男性主語と女性主語で分かれている。(どっちつかってもオッケー!)


普段は、主語いらないし、
主語使う時はやたらと意味込められてるし、

この感覚が難しいんだろうなぁ。

「何でもかんでもアイ、アイ、アイ、アイめんどくせーなー!!」って思うもん。

実際、この文章に例文以外に殆ど一人称、二人称、三人称が含まれていない。

でも、多分読んでる人はあんまり困惑しない。多分。。。。

別にいちいち「私が」「私は」「私の」って言わなくても「このブログ書いてる人が」って認識した上で読んでるから。

普段、詩を書くときも伝えたい雰囲気によって「私」「僕」「おいら」「自分」「俺」「己」って分けるし、二人称も「あなた」「君」って使うし、二人称を一人称として使ったり、一人称を二人称として使ったりする。

日本人が英語を喋れない理由の1つが
英語と違って主語が両極端な性質を持ってる事。

だから、動詞、名詞、形容詞に主語の代わりを担わせてしまう。


英語は主語の代わりは、主語しかないってのが難しいらしい。




早朝5時。

激痛により起床。


「歯が痛い?!?!」

え?

「歯磨きせずに寝た?!」

いや、そんな事ない。

「あっ、口が開かない。
これ、顎が痛いんだ!!!!」

半泣きで顎が痛い理由を調べる。

「ストレス、歯並び、顎肘を作る、歯ぎしり」

よく判らんが痛い!

「〇〇のケースは顎を温める。〇〇のケースは顎を冷やす」

取り敢えず冷やしてみる。

「あっ、なんか楽かも。」

でも、喋るのも嫌だから午前中の授業は休んで午後のテレアポは行こう。

「(メール)アンケート11時までに出してください」

クソファッキンシット!!!!!

「送迎の車の運転手がいつに増してやけに喋りかけてくる」

半泣きで喋る。

「学校にアンケートを出しに行ってホテルに戻って再び顎冷やす」

おっ、案外大丈夫。
昼飯食ってテレアポ行こう。

「昼飯…噛めない!!!!!!」

取り敢えず飲む。
フィリピンの硬い飯を飲む。

飯飲むってなんだよ。

美味しかった物が美味しくない。

「通常の倍以上時間をかけて食べる(結果残す)」

テレアポ中は何とかマシになって決まった時間を終了。

「腹減ったなー。」

雨降ってたから近場の日本食屋へ。

「店主のおばちゃん(65歳)と話が盛り上がるけど顎痛い」


おばちゃんに勧められるまま
ハンバーグセットを注文。

「うまそー!」

めっちゃ柔らかいハンバーグなのに

「噛めなーい!!!!!!!!」

飲む!!!
ひたすらハンバーグを飲む!!!

「ハンバーグ初めて飲んだ!!!」

おばちゃんと喋りながら食べてると

「この食べ物は関節に良くてー云々あの食べ物は〇〇に良い云々」

それだー!!!!!!!

「最近こんなの食べてなーい!!!」

硬いものも食べなきゃダメよ!
昆布とかスルメとか!
後、海藻も食べるのよ!!

「最近噛まなくて良い物ばっかりしか食べてなーい!!」

ホント海外居ると野菜食べるのが大変になるんだけど、もっとも食べなくなるのが海藻類とキノコ類。

日本人以外の人達は海藻を消化する酵素が無いらしい。

きっと、そんなのも相まって海藻類食べないんだろうね。

多分、科学で証明されなくとも「これ食べても栄養摂取出来ない。」って古代からの経験でわかってたんだろうな。

長々書いてみたけど此処まではどうでも良くて、

「日本食は高機能食品を中心にバランスよく食べれるのよ」なんて言っていた。

「日本の食文化が日本人の気質を育てている」と。

何故そう思うのか?
それは、おばちゃんが子供を育てる時にそれぞれ違う食べ物を中心に採ってたらしい。

1番上の子供は牛乳を中心に。

2番目の子供は肉を中心に。

3番目の子供は海藻とキノコ類を中心に。

すると、みんな違うタイプに育ったらしい。


それぞれ

牛乳を中心に取った子供はガタイが良くなり。

肉を中心に取った子供は攻撃的に。

海藻とキノコ類を中心に採った子供は賢く優しく育ったらしい。

勿論、その個人個人の持って生まれた天性みたいなものは有ると思う。


あると思うけど、妊娠中及び産後の期間に何由来の栄養を摂取したかで子供の人生に大きな影響を与えるのかも知れない。

食は人を作るってのは強ち真実なのかも知れないま。

ちょうど先日
メジャーリーガーの乱闘と
日本リーグの乱闘の動画を野球好きのルームメイトに見せて貰ったんだけど、

メジャーリーガーは乱闘の時にバシバシ殴る。

けど、日本リーグはあまり殴らない。

これも、日本の食文化がなんらかの形で影響をしているのかも知れない。


日本の食べ物は
硬い、柔らかい、コリコリ、グニャグニャ、トロトロ、色んな食感の食べ物を摂取することができて
咀嚼する時の力や咀嚼回数が1回の食事の中で様々に変動する。

海外では、1つの食べ物、1つの食感のものを食べる事が多い気がするので

日本で無意識に咀嚼回数を稼いでいたものかも知れない。

振り返るとイカの一夜干し、サラダ(案外咀嚼する)ホルモン、エイヒレ…何故かサラダ以外酒のつまみみたいなのばっかだな…。

案外硬いものも食べてたなーと思った。


んで、無意識に「日本食」を選んだのは

身体が「日本食の中に身体の不調を調整できる栄養素入ってますよ」って教えてくれたのかも知れない。

口開かないし噛めないしで
約2時間かけてご飯を食べたながら←長っwww
(話もしてたし。。。。)


「自分なら子供に何を食べさせたいだろう?どんな物を選びたいだろう?」

なんて考えながらゆっくり食べた。


私にとってのこの世界旅は「食の大切さ」を改めて認識する旅であると感じた。

今回の旅テーマ
戦争、宗教、食、仕事

ブログではアクシデントばっかり書いているが
今後の人生を大きく揺さぶるだけの貴重な経験であることは間違いない。


日常の「感謝に手を合わせて頂きます」

この「頂きます」ってとっても誇らしい

クールジャパンなんじゃ無いかな?って感じる。

この貴重な時間をシッカリ将来につなげていけたら良いなっ。


えー、私、学校の授業が嫌で先生に日本語教えてたりしますw


前回は日本語の形容詞を教えてみました。

日本語の形容詞には、「しい、い、いい」が基本的に付きます。

例えば「しい」
楽しい、嬉しい、悲しい、恥ずかしい、卑しい、見すぼらしい、喜ばしい。など。
大体、人の状態を表します。

次は「い」
四角い、丸い、硬い、柔い、長い、短い、鋭い、鈍い、安い、高い。
無機物の物の状態を表す時に良く使います。

次は「いい」
可愛い、格好良い。
これはちょっと番外編だけど、大体こんな感じのルールになってます。

ここまで話してて気付いたんです。

あれ?「怒る」は「しい」や「い」が無いぞ!と。

日本語の動詞では基本的に「る」で終わるのです。

切る、割る、投げる、乗る、走る、歩く、
もつ、漕ぐ、買う、歌う 遊ぶ。


((((;゚Д゚)))))))


「た・ぶ・ん」。

多分、昔の日本人は、
「怒るを動詞として認識してたんじゃ無いか???」

怒る→何らかの行動。という考え方をしてたんじゃ無いか?と。
 

そんな時にとある話を思い出しました。


日本人は早い段階から朝鮮や中国などと交易を行い江戸時代には既にフィリピンでも交易を行なっていたほど航海術に長けていたのです。

何なら「太平洋の島々で出土する土器の成分が北陸地方で出土する陶器と同じだったり、南アメリカに出土する陶器の形状が日本の土器と酷似していたり(初期の土器は出土されておらず、複雑な土器から土器の歴史が始まっていたり)する事から太平洋を渡る航海術を持っていた」との説もあります。

「浦島太郎の話って太平洋の島々や南米にまで行って日本に帰ってきた人の話なんじゃないか?」なんて説もあるくらいです。

因みに、日本は製銅と製鉄の技術が同時に日本に入ってきているので、中国などでは青銅器類と鉄器類の間に考古学的ズレが起きるのですが、日本では同じタイミングで始まります。

そうそう、ある話と言うのが、

江戸時代の日本人が買い付けなどに行くとことごとくダマされカモられすってんてんで帰ってくることがあったそうです。
でも、その人は翌年も明くる年も訪れては騙されると言うことを繰り返していたそうです。

でも、ある時すってんてんの日本人が
「斯くなる上は」(と、言ったか知らないけど)日本刀を振り下ろし騙してきた町の人達を次々に斬り倒した後に自刃したと。

だから「日本人は、騙しやすいし、騙してもヘラヘラしてるからと言って騙してはいけないよ。」
「突然怒り出して斬られてしまうよ」と伝えられて来たと。

日本人は、ずっとニコニコしてるのに「怒りを溜めすぎて臨界点に達した時に突然人が豹変してしまう」と。

「きっと日本人は、恩には返すとか争いを嫌う文化の為に本当に怒った時に自分が何をしてしまうかを日本人自身が解っていない。忘れている。」と

そんなエピソードを聞いたことがあると思い出した。

案外、今の日本人もそういう所持っているのかもしれない。


自分自身「相手は外国人だから」とニコニコして何も言わない事でドンドン苛立ちを高めてしまった事もあったな…と…。

この前もやたら先生が汚い言葉を吐くから
「その言葉をいうな」と、何度言っても辞めないから30分くらいニコニコしながら

「私達は違う文化を持ってるから別に良いけど、何度も辞めるようにいっても辞めないよね?あなたがもし、日本人だったら私はもう既にあなたに激昂してる」

って話をした事も思い出した。

少なくは無いお金を出している事も踏まえて
多分、もう少し続いてたら我慢出来なかっただろうな。

その後、改めてくれたから良かったけど。


明治から昭和初期に掛けての日本も同じ事が多々あった。

「どんな不利な条約を突きつけても日本は簡単に承認」してきたからドンドンドンドン欲を出していったら突然怒り出して当時の最強艦隊を撃沈させたり真珠湾攻撃したり…。

其れこそ昔話のような捨身の反撃を行ってしまうと。


その当時撃沈された軍のお偉いさんが
「何で怒ってるのに怒ってると言わないんだ?自分が引けない条約の所に来る前にそれを相手に伝えてくれないんだ?日本の外交は世界のスタンダードと全く違う」と言われてしまったとか。


これは、多分仕方ない事だと思う。
「受けた恩は返す」とか「礼には礼を尽くす」とかそれは例えばお中元、お歳暮、香典返し、頂きます・ご馳走様、お負け、お持て成し、色んな形で日本の文化、習慣、美徳として受け継がれている。

だからなのか?「日本人や観光客価格で高くなるのは良い。じゃあその分、特別な何かを返してくれ。それなら高くてもニコニコしてこっちも支払いするよ。」って思ってしまうのは…。


100円のものは誰が買っても100円で買えてしまう日本と

外国人だとバレると100円の物が500円から始まって10円でも20円でも多くの差益を掠めようとするのが当たり前な国。

だからって笑顔でありがとうと言って丁寧にお釣りをくれるわけでも無い。




やっぱり日本はクレイジーな国なんだと思う。


日本語を教える事で1ミリも気にならなかった事を度々気付けるのは私にとって、とても有益な事。