僕にとっては、歴史の教科書に載っている数ページの時代。
ラジオしかなくて、映像や写真のほとんどは白黒の時代。
大昔だけど大昔じゃない昔、
日本が戦争で負けて降伏した日。
朝から電話がかかって来た。
闘病生活をしていたお友達が生まれてからずっとずっと叩き続けた演奏の終わりを伝える連絡だった。
当たり前のように明日が来て、
当たり前のように生きてる日々は、
その子にとっては特別な1日だったし、
僕にとっても平等に与えられた1日だった。
でも、僕はその子と同じだけ必死に生きた1日だったんだろうか?
もちろん、一生懸命仕事もしたし、一生懸命遊びもした。
でも、ゴールの見えないこの毎日を生きて居ると
それが本当なのかどうなのかわからない気持ちになる。
今の精一杯を生きているけど、そこに慢心や奢りがあるのかもしれない。
実際どうなんだろう。
僕たちの限られた時間は、
数限りない人達の欲望と傲慢とが絡み合う中で、
特定の人の利益の為にあってもなくても良い価値観に踊らされ、
特定の人の欲望からの危険に晒されている。
人の心に善意と悪意があって、その中間の曖昧な感情がある以上、それが反映された世界だから仕方ないのかもしれない。
だからこそ僕は、特定の感情を排斥せずに、自分の弱さとも傲慢さとも奢りとも仲良く付き合って行こうと思う。
不安な日々は不安とともに
嬉しい日々は嬉しさとともに
悲しい日々は悲しさとともに
そうやって生きて行きたいと思う。
今出来る自分の生き方の中で。