愛すること | 墨 言葉家はっち ブログ -EGAKU書-

墨 言葉家はっち ブログ -EGAKU書-

『書』という字が『筆を手に持ち墨をつける姿の絵』から生まれたように
『絵を書くように自由に書を書いていく。』
※諸説あり

photo:01




愛することってもしかしたら1人でも出来るのかも知れない。


もちろん相手があってのことだけど。


愛してるはずなのに、

相手に何かして欲しいって思うのは…

あっ


愛されたいから仕方ないのか。


俺は、愛されたいのか。


そうか、そうか。




愛したいし、愛されたいって素直な気持ちがあるけれど、


その気持ちのバランスは

愛されたいって気持ちより

ほんのちょっとでも

愛したいって気持ちが多い方がいい。


相手が喜ぶこと、相手が幸せになる事が

自分の幸せだって思えたら良い。


お父さんやお母さんは、そんな気持ちで僕を育ててくれてたんだと思う。


抱えても抱えてもなお溢れる位の愛があったんだと思う。

なのに、ちょっと気に入らない事があったら、それだけで不安になって

怒ったりふてくされたり八つ当たりしてた気がする。


僕の愛したいって気持ちが愛されたい気持ちよりちょっとでも大きかったら


ご飯を作ってくれる事も、
洗濯をしてくれる事も、
黙って認めてくれる事も、
怒ってくれる事も、
心配してくれる事も、
楽しかった話や
辛かった話や
悩んでる話をしてくれる事も、
許してくれる事も

全部が全部が嬉しい気持ちになる。


愛される事って、
当たり前なことじゃないけれど、


母親の愛に守られ包まれて

父親の愛に守られ支えられ


そんな風に子供の頃から愛されて育てられていれば、

それが当たり前な気持ちになる。

手足があって歩けたり掴めたりするのが当たり前なように、

目や口があって、話をしたり美しい景色が見えるのが当たり前なように、

生まれた時から持ってる物って全部当たり前な気がする物だと思う。


当たり前だから忘れてしまうものだけど、

その当たり前があったから今の自分があるんだよね。


けれど、どこかで変わらなきゃならない。

愛される事が幸せな事なんだと気付かなきゃならない。

誰かが亡くなった時、
誰かが去った時、
誰かに愛された時、
自分が病気になった時

何度だって気付くチャンスはあるのだけど、
わかったつもり、出来てるつもりってのは少なくない。


変わるといっても、

愛されたい気持ちをゼロにして、

愛したい気持ちを100にするわけじゃなくて良い。


愛されたいって気持ちは100で良いから

愛したいって気持ちが100.1になるようにゆっくりとその気持ちを育てて行ったら良いんだと思う。


君が幸せでいれるなら
僕は君を見守っていよう。

君が幸せを求めるのなら
僕はすぐに君の元へ
すぐに愛で包みにいくよ。


愛するあなたが幸せであれば良い。

愛するあなたが笑顔であれば良い。



iPhoneからの投稿