『殺す』ということを知ること。 | 墨 言葉家はっち ブログ -EGAKU書-

墨 言葉家はっち ブログ -EGAKU書-

『書』という字が『筆を手に持ち墨をつける姿の絵』から生まれたように
『絵を書くように自由に書を書いていく。』
※諸説あり


先日、糸島の海釣り公園に行って釣りをして来ました。

photo:01



お魚をいっぱい釣って来ました。


毎回毎回ですが、魚釣をすると罪悪感でいっぱいになります。

僕は海釣りが一番好きなのですが、

もちろん、釣った魚は頂きたいわけです。

それも、美味しくね。

と、なると、釣った魚は早めにしめる(殺す)必要があるわけです。

それに、生き物相手なので、釣りたてのお魚に針をつけて生き餌にもしちゃうわけですから、そりゃ残酷です。

まぁ、それを知る必要ってのも、生きてる以上大切です。


正直、スーパーで購入した刺身や肉を食べたところで、それらの命は感じ得ません。

でも、
釣った魚は違います。

生きてるところや動いてるところを

見て、感じているからこそ美味しさは格別です。

命の連鎖だって見ることが出来ます。

その連鎖の中に僕らがいると理解する1番わかりやすいものかもしれません。


何にせよ、
『殺して食べる』と、いう事
『命をいただく』と、いう事。

幼い頃より教えてくれた父は素晴らしい。

命ってのは、本当に、本当に、なんでだろうか?
悔しい事に美味しいんだよなぁ。


神様(自然)が、
『生きるためなら殺しても良し』と、
なさってきたからでしょう。



iPhoneからの投稿