当て字漢字が嫌いな訳 | 墨 言葉家はっち ブログ -EGAKU書-

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『書』という字が『筆を手に持ち墨をつける姿の絵』から生まれたように
『絵を書くように自由に書を書いていく。』
※諸説あり

この前当て字漢字が嫌いって書いたんだけどさ。

それが何故かってぇと


単純に『日本語が楽しいから』。



例えばこうやって俺は日記を『かいて』いるんだけど


もともと


この言葉は


ひっ『かく』という言葉から生まれたらしい。


『(書く)と(掻く)』は違うだろうと思うかもしれないけど


昔文字を書く文化のない縄文人達は


粘土に縄を擦り付けたり
尖ったものでひっ『かいた』りして模様を描いていた。

土や石を
ひっ『かいて』表面を傷付けたり削ぎ取ったりして物を『欠く』行動は

指を使って行う動作です。


現代では“楽器を『かき』鳴らす”という表現にも繋がります。


また

虫にさされた腕を『かく』行動と同じで

後に
“『掻き』むしる”
“ひっ『掻き』傷”
という文字が当てられ



土や石に模様をひっ『かいて』刻むという行動は

後に『描く』という字が当てられえがく表現に用い


土や石に記号をひっ『かいて』刻むという行動には

後に『書く』という文字が当てられ文章を記す表現に使われます。




こうやって違う字でありながら
同じ音どうし動作が共通するのが『日本語の面白さ』だと思うんです。


例えば
『咲く』は蕾が裂けて綻ぶることを表しています。

同じ訓読みの『さく』には

『裂く』『割く』『剖』『析』

どれも『さける』『さく』という動作で共通するものがあります。


ゾクってしない?


因みに『削』は
おなじ『さく』でありながら
中国の音読みですので
訓読みの『さく』のグループとは共通しません。
ただ音読みの『さく』で考えると多分共通するものがでてきます(笑)


こうゆうの楽しくない?

日本語好きなら

日本文化好きなら


むしろ言葉好きなら


安易に

親友→信友
頑張れ→顔晴れ
最高→最幸

なんて使って欲しくないの。

イヤなの。



…でも

一所懸命を

一緒懸命って使うのは有りかなぁ。(笑)


但しグループで心ひとつに一致団結した時以外は使って欲しくないな(笑)



因みに


『一所懸命』ってのは


戦国時代に敵から
『懸命に守った一所』であって

仲間と本気で命張って
『いっしょ』に守った場所なんだよ。

その『一所』を敵に突破される事は

その後ろの親方や家族を危険に曝す事やったんよね。


文字通り
『一ヶ所に命掛け』よ。

その事を踏まえた上で

『一所懸命』を
『一緒懸命』に

敢えて変える意義はあるんやろうか?


ほんと日本の言葉って良いんよ。


新しい言葉が欲しいなら安易な当て字漢字じゃなくて


超ベリーバッド
 ↓↓
チョベリバ





西洋風に
毛を断った娘
  ↓
 毛断娘
  ↓
モダンガール


みたいな変化をさせていかないと。





昔のギャル語やギャル文字は


言葉の変化と文字の変化のあるべき姿を

忠実に…

しかも同時に再現していて

素晴らしかったな。



ギャル\(-o^)/万歳