
首長は3期まで
多選の弊害について想う
首長の多選の是非については、
各方面で議論が繰り返されてますが、
私の考えはズバリ3期3選まで、
というのが持論です。
なぜならば、
長期政権は時として
首長の本来の意志にも反して、
自ずと自治体の行政のあちらこちらに、
澱みを生むからです。
澱みとは何か?
“水や空気などが流れずにとまって動かない”
と辞書には書かれています。
この場合の水や空気とは、
市の職員であり議会を構成する議員達の、
自由闊達な意見や主張のことです。
4期5期と再選を重ねた首長は、
好む好まずに関わらず、
市庁舎という城の中で絶大な権限を
持つようになります。
企業でも市役所でも、
人事権を持つものが、
常に最高の権力者であるからです。
その結果、
下の者たちは、
市民目線を忘れて、
上の意向やご機嫌ばかりを
伺うようになります。
市民が喜ぶことではなく、
市長が喜ぶやり方を最優先させる、
そんな思考で物事を進められたら、
住民はたまったものではありません。
従って、
企業運営であれ地方自治体運営であれ、
定期的に新しい風を入れて、
空気が澱まぬようにする必要があります。
さて、
昨日投稿した記事、
“「はだしのゲン」問題について想う”
を読んでくださった知人より、
東京新聞の夕刊に、
はだしのゲン撤去の陳情をしていたのは、
特定の市民一人であり、
昨年12月の市議会でそれを全会一致で
不採択したにも関わらず、
市教委が校長会に口頭通達した、
との記事が掲載されていた旨の
情報をお寄せ頂きました。
市民の負託により選出された
議員で構成する議会の意思を、
否定したというわけです。
まさに、
市民目線とはかけ離れた判断が
なされたという実例です。
このような指示判断の結果、
現在のような問題化することを、
松江市長は組織の長として
想定できなかったのか。
あるいは、
それもおりこみ済みだったのか。
それとも、
あくまでも市教委独自の判断の
結果なのか。
今年の4月に、
見事4選を果たした、
松浦現松江市長にお尋ねしたいところです。