「女性議員の有為性」
男と女に知性の差があるのか。少なくとも現在差が無いという判断が世界の思考である。今更知性の持ち合わせが同列であるかなどと思考すること自体男尊女卑であって世界の常識に遅れているとなる。私はかなり前から知性は男女同等、人種での違いも無いと結論している。この結論を出してみてようやく一つの整理が出来たと大きな安ど感を持った。違いを言うより同じと考えた方が理であると判断すると世の中随分整理される。違いは随分長い間言われ続けて来た。
『財務省「森友文章」改ざん問題野党合同ヒヤリング』で女性議員の質疑を聞いていて私の結論が正しかったと言えたのが少し嬉しかった。男でも女でも劣化した人間は居るだろうが物事の判断は女性議員も男性と同等であった。返って女性の情勢質疑の方が安定して聞きやすい。私たちが普段生活で使う言葉を使う傾向が強い。おばさんが語り始めると聞き入ってしまう力を持っている。野党は国会議員を男女同数を目指すべきである。このヒヤリングの出席者でも女性は少ない。しかし発言量からみても少ない女性の的を得た質疑が多かった。
女性首班の国の方が長続きするのではないか。エリザベス1世、エカテリーナ女王、則天武后など割合として少ないが女性政治家の統治が安定して政権を長続きさせた記録が多い。現在でもサッチャー、メルケルなど長期政権の有る事が事実として存在している。思うに女性の思考に信念、政策の継続性の意識が男性政治家より強いのではないか。これは明らかな男女間の違いとして認識されてよいと私は思う。安倍の政策はピアノの鍵盤、我慢が出来なくてたちまち政策を変える、次々に政策を世に出してくる。一つ一つの政策の達成などはお構いなく垂れ流す。5年間で高音から低温まで全ての鍵盤を押したのではないか。これは男性政治家としても病的に異端になるだろう。女性にはこの手の政治家は居ない訳ではないが少ないとみている。保守的思考が女性の本質であると私は結論している。日本の女性政治家で際立っていたことの有る東京都知事などはこの範疇に入らない。流れで政治をやってみれば豹変しなければならなくなる。そういえば都知事の名前が出てこない。そうそう小池氏と言った。ようやく出てきた。
男があまりにも惨めである。今の政界を見ると惨めな政治が続いている。政治家には男が圧倒的に多いのであるから男は惨めなのである。信じられないように低俗な政治家が居る。一般的にネトヨウ政治家など最低の人種。今回の集中審議で自民党は二人のネトヨウ政治家を出してきた。重要な局面でネトヨウを使うのであるから自民党はネトヨウに相当部分犯されている。正副首相、官房長官が揃ってネトヨウであるので自民党は完全にネトヨウ政党であると言っても良い。ネトヨウの思考、論理はやくざに非常に近い。麻生などそのものやくざだろう。日本の輝くべき家族がやくざと言うのが日本の病巣。
女性の普段の安定思考が安倍の極端な思考が世の中に蔓延してみればいかに貴重であるかが分かる。貴重なことは普遍的な普通の生活の中に存在している。異常、極端が出てくると普遍に光が当たる。異常、極端が公文書の改ざんと言う犯罪を仕上げた。異常はやはり異常なのである。ネトヨウなど異常な世界でしか生きられない。世の中普遍になればネトヨウなど朝の霜柱、日に照らされればたちまち消える。数少ないが女性政治家は孤独であるかもしれない活動を続けてほしい。後続の女性の数は少なくないはず。国会の半分が女性議員になるだろう。今日山尾志桜里氏の「護憲的改憲」の思わず膝を叩いて共感した。非常に鋭く示唆に富んだ指摘である。女性はやはり有為である。不倫など「護憲的改憲」を述べる秀逸な議員にとってみれば微細な問題。不倫など踏み越えて議員の仕事をするべき。