はたぶろぐせんとらるあいらんどぱーく -2ページ目

「おまえら全員の目が色盲であったなら、

 

 白人も黒人も誰でも同じに映るのに。」

 

 

 

 

 

 

(ハタクスピア悲劇)

おもしろき

こともなき世を

おもしろく

 

すみなすものは

心なりけり

 

 

 

 

 

 

 

『100日後に死ぬワニ』が最終話をむかえた。



いいやつだったな...。



世の中というのは不条理の上に成り立っている。

いや、なにも成り立ってはいないのだ。

それがワニの死



「イージーライダー」みたいな終わり方でしたね。
あれ初めてみたときは衝撃よ。
映画ってあんな終わり方するの?っていう









開幕は2019年の12月12日だった。

あれから100日。

世の中はどう変わっただろう。


日本時間12/13、
前日のダウ平均は220.75ドル高の28132.05

とある。

現在の価格は新コロナウイルスの影響で直滑降し、

なんと20,087.19

日経平均株価も2016年11月以来、終値で3年4ヵ月ぶり安値となる1万6552円まで下落。“リーマン・ショック級”あるいはそれを超えるといった声も聞かれる暴落相場の真っ最中なのだ。

2019年に自分の死因が肺炎になるだなんて誰が想像していただろうか。

そのときワニはというと、

4コマ中3コマで笑っている。

こらえきれないこぼれ笑い1、爆笑1、大爆笑1。



100日後、桜が咲いていた。

青空に映える、綺麗な色。

いろはにほへと、ちりぬるを、わかよたれそ、つねならむ。

うゐのおくやま、けふこえて、あさきゆめみし、ゑひもせすん。

〈香りよく色美しく咲き誇っている花もやがては散ってしまう。

 この世に生きる私たちとていつまで生き続けられるものでは無い。

 この無常の有為転変の迷いの奥山を今乗り越えて

 悟りの世界に至ればもはや儚い夢をみることもなく、

現象の仮相の世界に酔いしれることもない安らかな心境である〉



Twitterで繰り広げた作者の思惑に

まんまと転がされた視聴者。

だがしかしこの話は犯人探しや、世情に対する解答などは存在しない。

日々は流れる。あしばやにね。

僕のことなどまるで知らないように。



人生に勝ち負けがあるかどうかは知らないが、

誰もが生まれて、誰もが死ぬ。

これを奇跡と呼ぶのか、

これを不条理と呼ぶのか、

そんなことはどうでもいいのか、

ただただ、世界は流れてゆくのだ。





ジムジャームッシュとコラボしたイラストがあった。

ジム・ジャームッシュといえばナイトオンザプラネットだな

とてもなつかしい。



ワニはしんだが、

ワニをみとどけた人たちはどう思うんだろう?

なにを感じたのだろうか。

命は日々生まれ、やがて死ぬ。

いつ死ぬかはわからない。

負けないように。 

悔やまぬように。

あなたらしく、輝いてね







2年前の今頃はこんなブログですよ通知。

 

2017年10月の自ブログを読みました。

・・・なにも変わってないっ。。。

 

まるで成長してないな、そりゃあ月日の経つのも早く感じるわ。

先月があっつい夏だなんて思ったりもするが、

先月がゴールデンウィークだった気もする。

2か月前が年明けですな。

年末の記憶がまだ残ってる。

 

近頃で変わったのは、テレビを見なくなったことくらい。

パソコンを2画面にしてからというもの、

配線差し替えてテレビつけるのが面倒くさくなり、

ほぼ付けなくなった。

あなたの番ですの最終回、ラグビー日本の試合、

など数える程度。

 

ティーバーでドラマを見れるようになったのは大きい。

リアルタイム視聴なんて必要なくなってしまった。

ザッピングもそこから拾う。

なにせ数のそろいが増えてきた。

 

俺の話は長い、みようと思って忘れてたので#3から見始めた。

面白い。 4をみて、1をみて、2まで見た。追いついた。

金かかってない+脚本と演技で面白くする。素晴らしい。

 

なんとなく他もみたくなった。

チートは見ている。 ただのコンフィデンスマンなんだけど。だがそれでいい、とも思う。

ルパン三世みたいなものだ。

なつぞらが中盤戦で離脱してしまい、スカーレットも全然追いつけていない(3話くらいまではみた)

 

なにげなくモトカレマニア#2

 

「ほとんどの動物が黒目がちなのは
自然の動きがわかってしまうと、
狩りをするときに不利になってしまうからです。


けれど人間は恒常的に白目が見える。
人間は誰をみつめているか、瞳を見ればすぐにわかる。」

 

 

 

 

 

 

今日は、以上です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふふふふ ふふー ふふー ふふ

ふふふふ ふふー ふふー ふふ

ふふふふ ふふー ふふー ふふー ふーふふ ふふーふ

ふふふふ ふふー ふふー ふふ あまいレモンの匂い

ふふふふふふふふふふかえーれなーい

 

 

 

 

 

5年間住んでいたところを引っ越しました。

 

そのくらいですかねぇ変わったことといえば。

 

ここ2.3か月はあいみょんばかり聞いています。

 

https://youtu.be/9RVZogmZn4s?t=1487

 

弾き語りバージョンの「風のささやき」が好きです。

 

 

引っ越したと言っても、直線距離は100m程度の移動でした。

 

引っ越す前のとなりの家に犬が飼われていて、

朝などはそこのおっさんと散歩している姿がしばしば見受けられた。

 

ところがそのオッサン、必ず片手にリード、片手にタバコなんだよね。

 

白い犬、むかしから見るような雑種、ザ・雑種のようなその犬、

いつもどう思ってるのかな。

 

地獄だろうな。

 

でも散歩は楽しいかな? 

 

そのコンビをみるたびにいつも考える。

 

「散歩いくぞ」と言われた時に、自分なら喜ぶのかなと。

 

行ける限りの風上に走るかな。

あんまり変なことしたら煙草ぶつけられたらやだな・・・

こんなに苦しいならこんな嗅覚いらんかったな・・・

家でじっとしてるほう良かったな。

 

ケンカもせず近所一周してる。

ただただ暮らししている。

 

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(風のささやき、歌詞)

 

適当に買ったコンパス

ながめるだけの時間

聞いたことのないたばこをふかす

散歩に行くのも

命がけだな

ああ今日は泣いてみようかな

 

風のささやき 耳障りだ

僕のことなんも知らないくせに

ふざけんな

ティファニ-ブルーの空の下

追い続けている馬鹿な夢

手に届きそうで届かないなあ

 

 

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いつの日も夢はあるかあるかと

問うひげもじゃがいるし

邪魔くさくても触れることができない現実があって

 

雲は流れる 足早にね

ぼくのことまるで知ってるように笑うなよ

がんばれなんて言うなよくそが

死に物狂いで生きてんだ

そう簡単に言わないでおくれ

 

 

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あの犬、おっさんより長く生きるといいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日のゾンビ面白い。
希望は1つ1つ摘まれてゆく。
人生は死の寸前にだけ報われる。

 

 

 

 

#ゾンビがきたから人生見つめ直した件

ようやく3話の後半まで見ました。
#3で止まってしまったのは、石原さとみと対峙した小日向さんのセリフ回しが圧倒的だったので。
圧倒的野島台詞をメモります。

#3
華道の師範と、弟子、
父(小日向)と娘(石原)


「自分でもわかっていたはずだ
 つまらん喜びで、天から授かった才能を手放してしまったことに。」
「違う・・・」
「以前は見えたもうひとりの自分が見えなくなったんだろう?
 華道をやめようと思ったのは、それでだろう?」

「それでも・・・」
「幸せになれた? そんなはずはない。
 授かったあれほどの才能をみすみす手放したお前を神が許すと思うか?
 お前もじき、喪失感にさいなまれたはずだ・・・」

「赤ん坊のときから両手に握りしめてきた天分なんだ。」
「あたしは・・・」
「予想外に壊れてしまったな。それも反動だろうが。
 味覚や嗅覚を失ったか・・・」
「どうして・・・」
「私は家元だぞ...
 手塩にかけた教え子の、ましてや、娘の一挙手一投足も見逃すことなど無い。」
「でも今は・・・」
「少しは回復したか・・・そうだな?」

「だがもう一人の自分はいまだに戻らない」
「・・・」
「わかるさ。愛しているんだお前のことを。お前の才能を。
 誰よりも。」



「色恋、そして結婚、普通の人間はそれはそれで何かをあきらめながらも
 満足して、それを幸せとも呼ぶだろう。
 しかし芸術家は違う。
 才能ある華道家なら、色恋などという俗なものに溺れるな。」
「イヤだ・・・それじゃああたしはずっとひとりぼっちじゃない」
「・・・それでいい。
 だから、だからこそ、お前の前にもうひとりの自分が現れる。」
「イヤだ・・・」
「仕方ないんだ。それが宿命というものだ。
 お前は、月島の家元の娘として生まれた。」


「また恋をしろと言ったじゃない。新しい恋を」
「こうも言ったはずだ。そしてその男を切り捨てて、罪悪感を持って立ち直れと。」
「わたしは・・・」
「そうだ。お前は成るんだ。この月島の」
「家元になんか絶対に成らない!」
「成れない、だ。
 今のままではな」
「あなたを、あなたを絶対に許さない・・・!」
「いや、いずれ感謝をする・・・」





才能を手放し、結婚を決意した芸術家の娘を、
妨害して破談となり、またアーティストに進むのか否か、
といったところか。
このシーンだけでも必見のドラマだわ。
文字におこすと、少女漫画が原作の、舞台演劇のようでもある。


野島ドラマには必ず水先案内人が存在する。
野亜のそばには教授がいた。
未成年たちには年上の桜井幸子が。
女子高生には高校教師が。


今回、少しポジションが違う。
ぷーさん(峯田・主役)は、 受けであり指導者でもある。
亡くなる寸前まで介護した母の教えを受ける。
女心を高嶺の花ももに教わる。
しかし、未来に悩む若者(日本一周チャリで放浪中)に対しては先生だ。
自転車を与え、LINEでひたすら啓示をメールする。
両サイドに立つ。
似ているのは、薔薇のない花屋の香取慎吾のような。

一方、
月島ももは婚約が破談になり、芸の道へ戻ろうとするも、
恋に才能に悩む。
GOLDを思い出すような野島っぽい役だ。
101回目や世紀末の詩でもおなじみな色がついてる。


2年前の地上波放送をHDDでみつけて鑑賞。
思ったよりおもしろかった。
なんという美しい映像か。

演出にも驚く。
それは始まり方だ。
突発的に物語に置かれる。
前触れが無い。
ハプニングとはそういうもの。

ここまで宇宙を「無」に扱ったものは珍しい。
2001年宇宙の旅よりも、何もない。
ただただ主人公はもがく。
そこに、地球観を考えさせられる。
いったい我々はどこから来て、どこへ向かうのかと。

残り20分くらいのところで1回止めた。
この映画は結末どうこうということではないのだ。


脱出ゲームというのがよくある。
迷路的なアトラクションだったり、ゲームだったり、映画だったり。
ひょっとして人類は、地球からどこかに脱出する目的があるのか。
スタートは母胎から、外界へ脱出するがごとく、
どこかへ脱出するのではないか。
宇宙というひと袋は、何かの中味なのではないか。
ブラックホールに吸い込まれたら、そこから排出されてトイレに流されるのではないか。
まず、大きさという概念が壊される。
プランクトンが小魚に食べられ、魚がデカい魚に食べられ最終的にクジラに食べられるとして、自分の位置がどこだかなんて、よくわからない。
人間は実はもっと大きいものからみたらプランクトンなのかもしれぬ。


発想が飛んでいく映画だった。