人生の秋・1 | 孤独な音楽家の夢想

人生の秋・1

 三枝先生が行くはずだった新国立劇場のワーグナー《トリスタンとイゾルデ》(指揮:大野和士、演出:デイヴィッド・マクヴィカー)公演の初日チケットを先生からいただいて観劇してきたことをきっかけとして、僕の人生の大きな針が、少し進んだように思える。

 演奏や演出についていろいろ思うことはあったが、そのことは別として、作品に対し大きな衝撃を受けた。・・・これは、三枝先生が1983年にはじめてバイロイトで観劇した《トリスタンとイゾルデ》(指揮:ダニエル・バレンボイム、演出:ジャン=ピエール・ポネル)公演において、幕間に椅子から立ち上がれなくなるほどの衝撃を受けた・・・ということと関係があると思っている。なぜなら、先生が観るはずであった席で、僕が代わりに観たのだから・・・。・・・この場合、「観た」という言い方は正しくないし、「聴いた」というのも正しくないだろう。「目撃した」と言った方がいいだろうし、「体験した」と言うべきである。・・・この体験を、僕は運命的な出来事であると感じる。先生が当時41歳。僕は遅ればせながら46歳。だからと言って僕が遅かったということはない。逆に今だからこそ、これほどの衝撃を受けたのだから・・・。・・・圧倒的な音楽の力と言葉の深淵。繰り返される無限の生の衝動とドラマ。・・・それを生で実感できたこと。このことは、僕のその後の人生や音楽に、はかりしれない作用を及ぼすであろう。

 

 今、机の上に雑然と積んであるもの。・・・DVD『トリスタンとイゾルデ』(1983年 バイロイト祝祭劇場)、CD『レオナン/ペロタン:ノートルダム楽派の音楽』、堀越孝一著『中世ヨーロッパの精神』、中世文学全集Ⅰ『アーサー王の死』、ホイジンガ著『中世の秋』、永野藤夫訳『全訳 カルミナ・ブラーナ』、CD『カルミナ・ブラーナ 1300年頃の手写本より』、ノヴァーリス著『青い花』、メーテルリンク著『青い鳥』、ショーペンハウアー著『意志と表象としての世界』、ニーチェ全集、岩本裕編訳『原典訳 ウパニシャッド』、西田幾多郎著『善の研究』、玄侑宗久著『現代語訳 般若心経』、CD『SCIENCE FICTION』・・・。・・・これぞ僕の趣味の世界、というものたちが積まれ、嬉しそうにその時を待っているのだが、これらをしげしげと眺めていると、巡りめぐって、この歳にして再びここに還ってきたことを、改めて実感せざるをえない。例えば、「般若心経」は中学生の頃に読んで衝撃を受けたものである。また、僕の読書の原点はニーチェであるし、僕の哲学の原点はショーペンハウアーであるのだから・・・。まさに、このような実感は、永劫回帰の肯定以外何ものでもないだろう。

 

 このように夢見心地なことを三枝先生に話すわけにはいかないが、僕が観に行った新国立劇場《トリスタンとイゾルデ》の合唱指揮をしていた三澤先生に話したら、とても関心を示しているようだった。プロの音楽の現場で音楽のことを話すことは稀なことだが、そういうことは、本当は面白い、と。永劫回帰など、僕は全く信じていないのであるが、そういうことが本当にあるのかもしれない・・・。もし本当にそうであるならば、僕にはまだ未来があるというものだ。やはりまた来年、満開の桜が見たいものだし、それきりそのままになってしまっているいろいろなことにも、再びチャンスが巡ってくるのかもしれないのだから・・・。それきりそのままは、あまりにも悲しい・・・。三澤先生が面白いことを言っていた。神は縁を引き寄せる存在である、と・・・。それが巡りというものなのかもしれない・・・。巡り・・・。

 

・・・つづく・・・

 

by.初谷敬史