日本IBM、JALとの情シス子会社JALインフォテック株式をJALに譲渡 | HATのブログ

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IT関係のニュースを中心に記事を掲載します。日経コンピュータで重要だと感じた記事とコメントを2010年9月1日号から書いています。
このブログは個人的なものです。ここで述べていることは私の個人的な意見に基づくものであり、私の雇用者には一切の関係はありません。

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日本IBMは、1月4日 JALとの合弁会社であるJALインフォテック(JIT)の保有株式(51%)をJALに譲渡することで合意しました

合意内容を見ると、フライパンから逃げて火の中に落ちるような契約かも知れません。新契約は1月からとなっていますが、半年程した時トラブルが多発しないか心配です。

何故そう思うのでしょうか?どうすべきなのでしょうか?それに答える前に、経緯を少し整理します。

1.2001.7 10年800億円のアウトソーシング契約を結び話題になりました
http://itpro.nikkeibp.co.jp/members/NC/JIREI/20010726/1/
<日本航空(JAL)が大規模アウトソーシングに踏み切った。中核システムの開発と運用を,10年間800億円の契約で日本IBMに委託する。 JALはアウトソーシングの先行事例を徹底研究,問題の防止策を契約に盛り込んだ。運用のサービス・レベルだけでなく,開発生産性に関しても目標値を明確に決めた。>
<JALとIBMの契約は,非常に緻密なものになった。「IBMと守秘契約を結んでいるので詳細は明かせないが,契約書類はA4判で10cm以上の厚さがある」(浜田副室長)。

例えば,JALはIBMとの契約を期間途中に見直す権利を確保した。長期のアウトソーシングで散見される“なれ合い”を防ぐための措置だ。JALはサービスの品質や費用対効果を1年に1回,評価したうえで,契約を継続するかどうかを決める。「成果が上がらなければ,中途解約もあり得る。案件によってはIBM以外のインテグレータに開発を委託する選択肢も認めさせた」(浜田副室長)という。>


結果的には日本IBMが一枚上手で、契約期限ぎりぎりまでひっぱられたという事です。技術的に対抗出来ないかぎりどうしても囲い込み(ロックイン)になり、他ベンダーが入る余地がなくなるという事がわからなかったのでしょうか。

「アウトそーソングの先行事例を徹底研究」されたそうですが、自社の技術力や組織の柔軟性などを見逃したのです。この事は後で述べます。

2.2010.6.22 日本経済新聞の一面に提携解消記事が出ました
 ※ネットを探しましたが、直接の記事が見当たりませんでした
「会社更生手続き中の日本航空は21日、運行管理システムなどを開発する日本IBMとの共同事業を解消する方針を固めた。両社で進めてきた独自仕様のシステム開発は割高で、業績低迷の一因になっていた。汎用ソフトの活用や競争入札による外部委託の拡大でコストを引き下げる。(中略)」

今回の流れはこれを受けた話です。恐らく一年前の7月までの通知が必要なためぎりぎりに公表したのでしょう。

3.2010.1.4 日本IBM、JALとの情シス子会社JALインフォテック株式をJALに譲渡
http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1101/05/news032.html
<日本航空インターナショナル(JAL)と日本IBMは1月4日、JALの経営再建に関連したIT運営体制の見直しについて合意したと発表した。日本 IBMが保有するJALインフォテックの全株式をJALに譲渡するほか、IT業務に関する「戦略的アウトソーシング契約」を変更して2014年6月まで延長する。

(中略)

 また2社が締結している「戦略的アウトソーシング契約」では、JALが日本IBMに委託していた業務のうちシステム運用業務を今後も継続する形で再契約することで合意した。新契約の期間は2011年1月~2014年6月までの3年6カ月となる。2社はシステム運用業務以外のアプリケーション開発・保守などについても、新たな協業の可能性を引き続き検討するとしている。>


IBMとのアウトソーシング契約は次の広範囲な分野でした。
 ・システムの開発
 ・アプリケーション保守
 ・システム運用
JITがいないとJALだけでは保守だけでなく開発も出来ません。そのためJITを買い戻して開発と保守を自社で行います。システム運用はロックインされたままですからIBMが引き続き行います。

従来は丸投げしていた業務を分けてしまうと、必ず隙間が発生します。日本IBMをはじめとする外資系は契約範囲外の事は行いません。JIT-IBMの間の隙間を埋めるのはJALの責任です。ところがJALのシステム部にはそういう作業を行うだけの余力がないようです。

システム部門のほぼ全員を子会社化し、ITメーカに資本を分担させる手法は2000年ごろに流行りました。「戦略的アウトソーシング」という名称でIBMが得意としていた戦略でした。JAL側から見ると、教育や人材確保、品質管理など細々したものはITメーカに任せて本業に専念するというメリットがあります。餅は餅屋という事です。ITメーカ側から見ると、囲い込み(ロックイン)するための簡単な方法でした。

日本IBMと提携したため、JEFスチールやホンダ、三井生命などが大変な想いをされている事は、日経コンピュータ2010.11.24に書いてありました。このブログのザッピング でも言及しています。

完全子会社化して成功している会社もありますが、多くは苦労されています。子会社に移ってしまうと、本業のビジネスに対して当事者意識がなくなり、業務の流れが見えなくなってくるためです。結局、企業としてITの位置づけを戦略的にどうとらえるかの問題に帰結します。今の世の中ITの支援なく業務が回る企業は少ないでしょう。それなら、本社にシステム部門の中核となる組織を残す事が必要です。あとは、業務の見える化をどれだけ進めているかが問題になります。今回JITを買い戻しても、JITの中核メンバをJALに移籍させなければ根本的な問題は解決しないでしょう。

少し前、EA(エンタープライズアーキテクチャ)という言葉が流行りました。経済産業省でもすごい費用をかけて日本版EAを作っていました。
http://www.meti.go.jp/policy/it_policy/ea/index.html
あまりにも手間がかかりすぎる事と、SOAが出てきたため実際に適用した会社はほとんどないでしょう。SOAも実際に適応して成功した事例は数えるほどしかありません。それでも考え方は役に立ちます。

EAは、システムを階層化してそれぞれをモデル化する事で全社システムを統一しようという「見える化」の方法です。一般的には次の4つの階層に分けます。
 ・ビジネスアーキテクチャ(BA) ・・戦略マップ、ビジネスプロセスなど
 ・アプリケーションアーキテクチャ(AA)・・API,サービスマップなど
 ・データアーキテクチャ(DA)  ・・データモデル
 ・テクニカルアーキテクチャ(TA)・・サーバ、OS、ネットワーク接続など
ある時点のスナップショットでみるとバラバラのシステムが混在してるはずですが、システムの改定があるごとに統一したものに収束させていきます。

JALの判断は、TAはIBMに丸投げしてBA/AA/DAの決定権を取り戻そうという事です。それでは実はロックインされたままです。BA/DAは本社のJALが握り、AAとTAをJITに任せるのが正解です。クラウド化という名目でシステムの再整理をされている企業もありますが、その中にもEAの視点が必要です。何の戦略もなく、ただ安いからという理由で新たなITアーキテクチャを採用してしまうと泥沼になります。

TAをIBMに出すのなら、JITの指導の下にJITから発注するべきです。

BA/DAを「見える化」するための一つの方法論がDOAです。DOAとER図が同じものだと誤解されている方もおられますが、DOAは日本由来の事業解析手法です。EAおよびDOAを外部のIT企業に任せる事は本末転倒です。なぜなら、DOAによる業務整理は企業が存続する限り続くものだからです。内部の社員を教育し育てないとまたロックインされてしまいます。外部のIT企業には、内部要員が育つまでの支援を求めるべきです。

再建途上で万一にもシステム障害が発生しない事を祈っています