寺町丸太町を下がった市街地の狭い境内に革堂がある。定かではないいが、一条天皇(990~)の時、若い猟師「行円」が鹿を射止めると切り口から身ごもっていた小鹿が死んで漏れ出た。血みどろになった親鹿子鹿の死を見て、残忍な行為を恥じた猟師は、牝鹿の皮を衣にして身に着け、悟りを求めて市中を読経して回ったという。もとは一条天皇の勅願にて建立されたが、「革上人」と呼ばれた行円の徳にちなんで一条革堂と呼ばれるようになり、山号は「霊ろく山」と云い、ろくは鹿の変形文字を書く。
寺町丸太町を下がった市街地の狭い境内に革堂がある。定かではないいが、一条天皇(990~)の時、若い猟師「行円」が鹿を射止めると切り口から身ごもっていた小鹿が死んで漏れ出た。血みどろになった親鹿子鹿の死を見て、残忍な行為を恥じた猟師は、牝鹿の皮を衣にして身に着け、悟りを求めて市中を読経して回ったという。もとは一条天皇の勅願にて建立されたが、「革上人」と呼ばれた行円の徳にちなんで一条革堂と呼ばれるようになり、山号は「霊ろく山」と云い、ろくは鹿の変形文字を書く。