益子から東に向かって七曲がりの細い山道を登ると西明寺がある。天平の時、僧 行基が東国に霊地を求め十一面観音の光明を得たこの地に一宇を建て益子寺と名付けたという。その後 弘法大師がこの地で災難を受けた時、持っていた獨鈷を避けたことから「獨鈷山」を山号とした。広い寺域の最下部に茅葺きの納経所があり、石段途中に重厚な楼門、さらに上ると三重の塔や本堂 鐘楼など歴史的建物が点在している。
益子から東に向かって七曲がりの細い山道を登ると西明寺がある。天平の時、僧 行基が東国に霊地を求め十一面観音の光明を得たこの地に一宇を建て益子寺と名付けたという。その後 弘法大師がこの地で災難を受けた時、持っていた獨鈷を避けたことから「獨鈷山」を山号とした。広い寺域の最下部に茅葺きの納経所があり、石段途中に重厚な楼門、さらに上ると三重の塔や本堂 鐘楼など歴史的建物が点在している。