【イラスト枠】終戦記念日【真面目な話】 | 埼魂―雄志の人間事情

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私は、いまのこの現実を愛する。冗談から駒の出る現実を。(太宰治「創作余談」)
動画投稿やイラストの話や雑談をします。

実はまだニコ静にも、ついったにもあげてない。

 

どうも、お盆休みが今日で終わる雄志です。

 

今週金曜にはサマーウォーズあるから!!!!!!!!(余談

 

ということで。

 

本日、8月15日、第2次世界大戦が終わった日とされている日。

 

毎年、戦争や平和に関するイラストを描いてきた雄志さんですが。

 

2012年 創作

 

2013年 チームカミウタ「爾今の洋々この蛍光にあり」

 

2014年 艦これ 伊勢

 

2015年 太宰治「散華」

 

2016年 織田作之助「終戦前後」と坂口安吾「魔の退屈」

 

もう6年目じゃないですか!!

 

そんな6年目は、創作です。

2枚あります。

 

1枚目。

日曜日にNHKのドキュメンタリー番組で戦争孤児が戦後どう生きてきたのかという話題をやっていたので。

 

そういえば、戦争孤児がまちにあふれましたー、だから福祉施設つくりましたー(収容するために、因みにこれが現行の児童養護施設の原点となると言われている)とか言われているけど、

100%戦争孤児が福祉施設に行ったかといえば、絶対ありえなくて(圧倒的物資不足)、そもそも戦後すぐに「はい、福祉施設つくりまーす^^」ってなったわけでもないので。

 

戦争はいけません、人がたくさん死ぬから、ひもじい目に遭うから、何一ついいことなんてないから、とか言うけれど、

 

遺された人の事は考えてきたのかなーとか、特に戦争孤児って思ったのが今回の経緯。

 

番組中で、戦争孤児となった人たちが「どうして俺らがこんな目に遭わなければならないのか、と大人を憎んだ」「政府は握り飯1つでもいいから配給してくれないかと思った」と語っていたのが印象に残ったので、今回描いてみました。

 

どちらかといえば、芥川の「蜘蛛の糸」の様な感じです。このあと救いがあるのかどうなのか……。

 

戦争で遺された人で思い出したのが、太宰の「斜陽」。とはいえ、どちらかといえば、この場合、華族の廃止による没落なのだが。

 

2枚目

そもそも2枚も描くつもりなどなかったんだけれど、なんとなく描いてたら、思いついてしまたという。

 

こっちは、今の自分たちサイドの話。

 

70年すぎて、事実というか体験した人の証言の新鮮味、そして出来事が共有出来る人がどんどんいなくなっていること。

 

それを自分たちは、どうしていけばいいんだろうって問題提起する感じ。ポオズを付けて言うならば。

 

でも、それ考えたら、東日本大震災を経験した話は、今でこそ誰でも共有できるけど、

10年20年したら、「誰でも」は無くなって、ある一定の範囲の人たちだけになってしまうんだろうなと。

 

それって第2次世界大戦の経験だって同じこと言えるんだろうなと。

 

自分が次の世代に「東日本大震災でこんな心細い思いをしたんだよ」って語る番になった時、次の世代にどこまで伝えられるんだろうとか考えた。

 

そして、自分は戦争を体験した人からどれだけの事実を得ることが出来ているんだろう、いいとこどりして裏ごししたとこしか得てないんじゃないかとか考えた。

 

なんというか、ムズカシイネ。

 

 

最後に描き切れなかった、来年描くかもしれないテーマを。

特に、終戦と言った時に、「まだ終わってないだろ」とムキになった人や、「これは敵陣の作戦だ」と思った人。

 

でも、よく考えたらそれって普通にあり得る話だろうね。

 

今この瞬間に「重要な人物が殺されました」ってニュースを聞いたら、「まじかー」ってなる人もいれば、「ソース出せソース」って憤る人もいると思う。

 

ましてや、1945年。今のような情報のアクセス性も伝達性も拡散性もなかった時代。

 

このあたり、人間科学的側面が大きく関わるところなので、興味深いといえば興味深いです。

 

 

 

以上、いつもよりもずっと真面目な話でした!

 

 

そいでは、またー。