「失われた20年」を経てなお昭和という幻影を引きずりつつ平成の終わりを迎えた現在、どんなに平静を装っていても、内心混乱状態に陥っているオヤジ世代がどれほどいることか。
それまでの常識がまったく通用しなくなった恐るべき時代(=新世界)にすでに突入しているのだというのは頭では理解していても、今ひとつ感覚的に腑に落ちない。
いや逆かもしれない。AI、AR、ブロックチェーン、クラウドファンディング、オンラインサロン・・・、感覚的には十分にわかっている。けれど、頭で理解したくないのがオヤジ世代なのだ。
なので、オヤジはますますオヤジ化していく。これではいけない、ということで西野亮廣さんの『新世界』を読んでみた。
ベランダの目の前には通天閣がある。下を見ればヤクザとホームレスと、身体を売る年齢不詳の何者かが立っている。道端では、靴が片方だけ売られていたりする。地面に置かれたシルクハットに投げ銭すると気の利いた小噺を披露してくれる自称芸人もいる。これが、著者が高校卒業と同時に田舎を飛び出し独り暮らしをはじめた大阪市浪速区の『新世界』という街である。
もう何年も前のことになるが、何度かこの街に足を運んだことがある。旧世界の光と影が入り混じった独特の雰囲気が串かつを揚げる音と匂いとともによみがえる。
まさに「失われた20年」真っ只中、当時新聞社に勤務していた私は、新聞販売業を廃業したいという店主の説得にあたっていた。そのときすでに、新聞という商品は「過去のもの」になりつつあった。けれど、相変わらず業界上層部は「社会の木鐸」などとうたい、「新世界」を予見できず年々狭めれられていく「旧世界」に安住しようとしていた。それを自覚していたので、串かつを頬張りながらも店主の声によく耳を傾けた。言い分は痛いほど理解できた。数週間後店主は廃業した。
あれから十数年。いろんな問題を先送りしては溜め込んだ旧世界の影が膨張し、光の部分を完全に飲み込んでしまった。新聞業界に限らない。旧世界の勝ち組企業ほど、いま自分の影に手を焼いて困り果てているのではないだろうか?
会社そのものがなくなるのだと主張する「新世界人」も増えている。本書はそこまでの極論を明示してはいないが、西野さんも「なくなってしまうなら、そうなってもかまわない」と思っているのではないかと推察する。
自らの光を飲み込んだ影が化学反応を起こして新しい光を生み出す。2019年は、そんな時代の過渡期にあるのかもれない。
私は「紙の本」も読んだが、本書はオンラインで無料で読める。
※こちら。https://r25.jp/article/621586962847256237
なぜ、西野さんはこんな実験(「無料公開」)をしているのだろうか?
旧世界のノスタルジーに浸る私のような世代以上の人にはなかなかわからないと思う。
だから私は無料版を読み終え、そのまま直ちに紙の本も買った。すると、身銭を切って読んだ紙の本のほうで、「新世界」をよりリアルに感じることが出来た。不思議なことだが事実だった。
それにしても、著者の実験に付き合ったKADOKAWAはたいしたもんだと思う。駆け出し時代の数年間出版部門に在籍したことのある私には、これがどれほど有り得ないことなのかわかる。
出版社も「新世界」を模索しながら歩き出しているのかもしれない。
◆本日の朝読み 「新世界」(KADOKAWA) –西野亮廣 (著)
◆本日のひらめき(1)「正直者には金を落としたくなる」
(2)「信用を交換し合うコミュニティをつくる」
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