そろり目を閉じた


それはつまり眠ろうとしている身体



だかしかし冴え渡る頭


とどのつまり眠れないからだ




夢見心地な猫を撫でるあいだ


夢に君を愛でる愛だ



壁の向こう「いいとも!」が聞こえる


薄い毛の腹をさすりさすり


薄い毛の君を思い出すれば


「午後は○○!」と猫は反転し


おもいっきり「DON! 」と頭を打たれた


覚えてる限り



にゃうにゃう云ってる猫がいて


にゃうにゃう云ってた猫がいた



そうして猫は潔く



「ごきげんよう」と消えていった

それはつまり
とどのつまり

よしんば君に会いたいからだ


君を思うと眠れないからだ

君が居ないとつまらないのだ



辛い現状を目の当たりにすると、インターネットの世界へ逃避する私は現在ほぼ毎日ブログを更新している。


人に見て貰いたくて意識して書いている訳でもないので、文章は成立しておらずグズグズであるから、ひょっこり訪問した人には何が何やら解らない内容であろう。何て云いつつ、コメントが入っていると嬉しかったりする。


私は言葉の表現があまり上手くはないが、日本語独特の言い回しが結構好きである。

有名どころでいけば「さりとて」とか「めいめい」とか「グフ」とか「ドム」とか「もえもえじゃんけん」とか。


もえもえじゃんけんで思い出したが、皆さんご存知「CHA88」。知らない方はグーグル先生にご教授願って下さい。

CHA88という非常に残念なグループを生み出した我が静岡市では、実は非常に多彩な方言が眠っている。


皆さんのイメージの静岡弁は「銭ゲバ」の中で多用された「ズラ」が圧倒的多数に及ぶのではなかろうか。
静岡に対する壮大な夢を打ち砕くようで申し訳ないが「ズラ」はまずもって使用しない。


使用するならば、

「ざー」「さー」「だや」「だけん」「だもんで」「やー」「らー」等が語尾に付く。また、少々省略するのに「ん」や「ち」を使用する。


私の住むここ静岡市内1つ取っても地区によって多様な言い回しが存在する。
私が直接触れた方言について少し、紹介したいと思う。


幼い頃、扉をしっかり閉めないと怒りの声が飛んできた。

「この、せっちん!!」


「雪隠」と云えば便所であるが、どうやら親の田舎ではしっかり閉めろ!だらしない!と云うのは「せっちん」であったようだ。 その為、この「せっちん」は私の中で、非常に陰のこもった怒りの言語としてインプットされている。



他にも「やいやい」、「やっきり」、「ちんぶりかえる」なども1つの言語として存在する。

「やいやい」 ・・・しまった、やっちまったなぁ

「やっきり」 ・・・もぅ、腹が立つなぁ・嫌になっちゃう

「ちんぶりかえる」 ・・・プンスカプンスカ

先に述べたものを総称して表現してみよう。

おれんちじいちゃんがさー、茶摘みやらざぁって云うもんで渋々やっただけん、疲れたさ。だもんでもう止めるって言ったら、ちんぶりかえっちゃってな。だけん俺もやっきりこいて喧嘩しちゃっただよ。やいやい。お前も同じ事されたら腹たつら?


訳:(私の祖父が、「是非とも孫の貴方とお茶の葉を摘み取る作業を行いたい」と云いましたので、私は祖父の残りわずかな命、大切にせねばと仕方なし一緒に茶の葉を摘み取りました。そうした所、大変乳酸が満ちてしまいましたので、「おじい様申し訳御座いませんが乳酸が満ちてしまいましたので、この作業は辞退させて頂きたい」と意見を述べました。すると祖父は大変立腹し、大声にて怒鳴り散らすのです。ですから私も非常に嫌な気分になり、激しい討論になってしまいました。とても残念でなりません。しかしながら貴方がもし同じ立場であったならば、私と同じように腹を立てるとは思いませんか?)



こんな感じである。


私は年寄りと話をしない限り方言は使用しないのだが、「やいやい」と「やっきり」はネタとして敢えての使用をする時がある。


ちょっと失敗したら 「やいやい」

なにか嫌なことがあると 「も~、やっきりこいちゃう」


ちょっと可愛らしい感じに仕上がっている気がするのは私だけだろうか。

これもまた言葉の力。方言力。

貴方も試してみよう。猛烈に腹が立った際、相手に悟られずに堂々と文句を云う方法。



「やっきり満開」



これで貴方もしぞーかマスター。



状況が許すなら坊主にしたい。


とかく私は面倒くさがりである。髪を切りに行くのも面倒なのでズルズルと毛は伸びきってしまい、そうして今は顔にへばりつく髪を鬱陶しく思い始め、職場で丁髷姿を常に披露している。




~私と貴方はもうお終いね。私が寂しいときにいつも貴方は居ないの。待ってたって連絡は来ない、メールしたって返事は来ない。もう、耐えられないのよ・・・。男は黙して語らなかった。男は愛する女の為、将来の為に我武者羅に働いていた。今の寂しさもきっと近い将来解ってくれると・・・。そう思っていたのに、その思いは彼女に通じていなかった・・・~




会社の備品購入時期と噛み合わず、私の仕事用の靴は爪先が地面に向かって貫通した。新風を取り入れたかった私の爪先は、先週まで右足だけで留まっていたにも関わらずとうとう左足までもが愛しさと切なさと心強さに負けてしまったらしい。両足共に「こんにちは」してしまった。


あんまり派手な靴下を履いてしまうと「こんにちは」が色味でばれてしまうので、東京証券のエリートめいた靴下をチョイス、ばれないよう引っ込み思案な爪先にして過ごしてみたが、朝礼時に即バレた。




私は面倒くさがりである。




懇意になった人との付き合い始めも覚えていなければ、遊びに行った場所もことごとく勘違いして記憶している。




「品川水族館行ったの覚えてる?」


「あ~シロイルカとシャチのショーやった所?」


「それ鴨川シー」


「!近くに船あった所か!!」


「それ名古屋港水族館」


「深海魚が売りっていう・・・」


「それ江ノ島水族館」


「・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・」






長いこと付き合ってしまった日にはそれはもう、大変。どっちの車で行っただとか去年の夏どこに遊びに行ったとか、付き合い始めて何年目だとか、昨日の夕飯何だったとか、お願いだから聞く前にドラえもんを呼んでください。


唯一覚えていられるまともなものと云えば、親交の深い友人の誕生日と電話番号。




が、自身の誕生日は人に云われるまで忘れていた。本日私、おめでとう。




暗記パン下さい

体調がすこぶる悪く、動く気力が全く無い。

とはいえワールドプロレスリング「棚橋VSハース」は忘れずに観た。棚橋がチャーリーハースのWアームスープレックスくらったり、なんだりかんだり、途中は面倒なので割愛。棚橋がハイフライフローから片えび固め、中途半端なエアギターのくだりまでを腹筋123回くらいしながら観覧した。やらまいか。

しかしながらNYのど真ん中でおしゃれにインタビューする場面に少なからず興醒め感は残る。もう一つ付け加えるならば腹筋は嘘です。


それだけ体調がすこぶる不調なものだから、毎週毎週週末になると恐ろしいほど忙しくなる職場で私は半日寝た。ほんのり重要な役割を果たしているのだが、マウスパッドと同レヴェルくらいのポジションなのでむしろ居なくたって気づかれない。もし私が居ないことに気づかれるとするならば、トイレットペーパーの紙が無くなり芯が露になった時くらいだろう。

私は職場で便所に入ると一日2回は必ずといっていい程トイレットペーパーが、無い。いつも用を足した後に紙が無いことに気づくのだが、かろうじで靴下で拭かざるを得ない状況までには幸いなことに、まだない。

神様、幸せな日々をありがとう。

あまりに毎日トイレットペーパーの芯を持ち歩くので「林家ぺーぱー子」とあだ名を付けられているくらいである。

ペーパー子はさておき、もがき苦しみながら一日の仕事を終え、定刻にてぴっちりタイムカードを押して帰宅してきた。


特段することもないのでPC画面にへばりついてニコニコ動画を眺め、音楽代わりにTVを垂れ流していたらもうこんな時間である。現在の時刻はAM2:44。まぁ眠れないのでいつもと何ら変わりはしないのだが。垂れ流しのTVに一瞬引き込まれた時間帯がある。冒頭述べたプロレスは別として、皆さん「野生爆弾」という人たちをご存知だろうか。心が純粋すぎるロッシと悪人面の川島というコンビなのだが、ここ数年来「バカリズム」とこの「野生爆弾」が私の中で大ヒット上映中なのだ。


野生爆弾と云ったが、細かく言えば野性爆弾の「川島」が好きなのである。

自虐・シュール・アングラと私の心をガッチリ捉えて離さない彼の言動に一喜一憂してしまう。

本日放送された番組にも登場していたのだが、彼は基本戦時中的なネタが多彩に組み込まれていて大概のネタ披露時には学帽を被り学ランを着用している。首元までぴっちりと釦は閉めてある。今日の番組では何かのモジリで「米兵に土下座しようよ」とのネタ披露をしていた。


以前「ガキ使」の番組企画で10個ネタを披露し、見ている人は笑ったら1000円罰金のコーナーに披露する側で出演していた。

その際も川島ワールド炸裂で、初っ端から自身が血まみれになった上指を千切り松本の前に放り投げた。耳が千切れる、チェーンソーで切られる、等等。兎も角必ず血まみれというどうしようもないネタを披露してくれた。

文章で書くと非常に面白くないし実際を見ていただきたいので相当端折っているが、私の大好物ばかりを集めてくれる。


ここ最近TVへの露出が多くなってきたが、たっぷりと野生爆弾を堪能するには物足りない。そうだ、TUTAYAに行こう。




川島さん、大好きです。結婚してください。


その昔、男好きな奥様がおりました。



美佐子と云う。




初婚は離婚、半年後に子を引き連れ新たな男と同棲を開始。
永く続くもその男性は美佐子の嫉妬心と金の亡者ぷりに辟易とし、三下り半をつきつけその家を飛び出して行きました。

困った美佐子は次なる男を見定めていきます。





ど・れ・に・し・よ・う・か・な





見つけました。電気屋社長の後を継ぐは、硝子屋社長の息子です。さほど整った顔つきではありませんでしたが、頭上にきらり光る禿でありました。

シュッとした顔を好んでいた美佐子でしたが、そうも云ってはいられない年齢になってきたのでしょう。






まずは、金。







美佐子の実際を知らない硝子屋の息子は、美佐子にどんどんのめり込んで行きました。

また美佐子も裕福であろう硝子屋の息子の金にどんどん惹かれ、一年という月日が流れました。
なんとなし、硝子屋の息子はこの人ならいいかもしれない、と結婚を申し込んだのであります。
美佐子もまた、硝子屋の息子の申込みに快諾しました。



これで片手団扇だと。






数日後美佐子は25も過ぎた我が子に、硝子屋のまぁくんと結婚しようかと思うの、と恥ずかしげもなく報告をしました。
美佐子の子はどうぞどうぞ、お好きなようにしなさって下さいましと母美佐子に伝えたのでありました。


そうしたところ、なにやらまぁくんがこの後あんたを誘って蕎麦を食べに行こうと云っているから来て欲しい、と美佐子が子に云うのです。飯くらいならば構いませんがと美佐子の子は返事を返します。

結婚報告の場所は、美佐子の自宅の居間でした。ちょいと昔には美佐子の子も寝食していた場所でもあります。
美佐子はひとしきり報告が終わると、ちょっと薬局まで買い物に行くから留守番を頼むねと我が子に伝え、ひょいと出て行きました。
美佐子の子は数年前までこの部屋で寝食していたものだから、押し入れに確かアレあったよな、来たついでにアレ持ち帰りましょうと急に思い立ち、しゅっと押し入れの引戸を開けたところ、








ドサドサドサ






思いもよらぬ大量の写真が落ちてきました。

美佐子の子は「あぁあ、片付けるの面倒だな」と思いつつ、辺りに散らかった写真を拾い集めようとしましたが、手に取ればしぜん写真を見てしまう訳で、プライベートは見ないようにと思っていた美佐子の子でしたが、手に取った写真と辺り散らかった写真を美佐子の子は何度も何度も見直してしまいました。



手に取った写真は、濡れ髪振り乱した美佐子がお口に何かを咥えています。ナニを咥えた美佐子の額前には硝子屋息子と思わしき少々皺寄った腹も写っております。辺り散らかっている写真はどうかというと、美佐子と硝子屋息子のムスコと、時に笑顔で・時に切ない表情を浮かべているではありませんか。




硝子屋の息子とムスコ、美佐子。




美佐子の子は冷や汗の垂れること凄まじく、これは、これは早々にまとめて元にあった場所に戻さなくては、と我が身震わせながら今見たものは無かった事にするという使命に駆られたのです。

前戯からフィニッシュまでの順番を揃える余裕も無いまま、冷や汗の拭うも忘れ、美佐子の子は懸命に写真を拾い集めました。

ようやっと、まとまりましたので写真をしまいましょうと押入れに手を掛けたところ






ドサッ





うぃんうぃんうぃん    ブブブブブ




・・・しぜんそちらに眼が行きます。

脂汗たらたらと流れ落ちるは凄まじく、口をあんぐり開けておりました。

目下にある2体の怪しい生き物は、不自然な音を鳴らしながら一昔前に流行した、ダンシングフラワーの如く激しく踊っているのです。

一つはピンクのウズラの卵、一つは棒形状の、少々頭をもたげたゴム製でサイドにはちょっと小さなカモノハシがあつらえてありました。









あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ




美佐子の子はもうそれしか言葉を発する事ができません。

これは、これは、これはもう早いところ片付けてしまわねば。そう思った美佐子の子は、先程まとめた写真を数枚取り出し、それでウズラとカモノハシを挟み込み、ベッド横のティッシュでくるみました。


写真、ウズラ、カモノハシ、ティッシュ。



前戯、合体、ピーク、フィニッシュと全てをコンプリートした美佐子の子は、思い出よ永遠なれとそれらを円盤投げしました。



数分後、何も知らない美佐子が帰宅し、美佐子の子は「お前薬局で一体ナニ買ってきたんだよ」と聞きたい気持ちを堪え、吐き気も堪えてこう云いました。



本日はとても鴨南そばを食す気にはなれません。

大変恐縮ですが延期でお願いいたします。




数ヵ月後、美佐子は硝子屋の息子に「親の介護をするのはイヤ」と云い、結婚を蹴りました。