「よつばと!」を見て過ごす日のはずだったのに、なぜだか富士急ハイランドにいた。

友人が7月初め辺りから「高飛車」という語句をサブリミナルしまくってきたので、7月2週目辺りから頭の中は沢尻エリカで充ちていた。今彼女は何をしているのだろう。


私の意思とは無関係に富士急ハイランドへの計画は進んでいて、宣告されたのは当日朝5時起きという過酷なスケジュール。どうせ行くならガンダムクライシスへ一番に行きたいと云ってみたところ華麗にスルーされ、パチンコ屋でもないのに30分も前から正門へ並んでいた。

私達が並ぶ一つ後ろに、一昔前の手島いさむのような髪型をしたおっさんが何やら話をしている。しかしどう見てもその手島いさむヘアーのおっさん近郊にいる人らは誰もその言葉に反応していない。故にこのおっさんは一人で来園しているという事になる。非常に興味深い。


開園しチケット売り場へ移動し受付に着くと、隣の受付には例のおっさんがいた。


「何名様ですか?」と機械的笑顔で話しかけるスタッフに「ひ、ひ、ひ、一人っ。ふっふフリーパスでフリー、フリーフリーパスで」おっさんは慌てているようだった。私達と同時くらいにチケットを買い終えたおっさんは走り去っていった。私達は友人の目的である「高飛車」へと向かう。高飛車は最近出来た新ジェットコースター。垂直に上った後、120度の角度で落ちていく乗り物で、角度が世界1という事でギネスに登録されたらしい。

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こんな感じ。

高飛車ブースへ着くと、目の前には走り去ったおっさんが満面の笑顔で並んでいる。これが目的という事は、私達と同類である。ほんの少しだけおっさんに愛を感じた。

朝一という事もあり、さほど待たずに乗ることが出来た。絶叫系はどちらかというと好きなほうなのでかなり楽しんだが、高飛車よりも何よりもガンダムクライシスとエヴァのアトラクションに行きたい。何としても最後のステージで等身大ガンダムを見たい。エヴァ初号機を見たい。


友人に、もう高飛車に乗って楽しんだでしょうからとっととエヴァとガンダムに行かせておくれとその方向へすたすた歩く私は綾波レイの気分。行くわよ。


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入口には初号機とロンギヌスの矢が出迎えてくれる。カヲル君の等身大フィギュアもいたが、随分と格好悪くて私の心は相当傷ついた。

奥へと足を進めると左写真の初号機が居る。手前に柵が見えると思うが、この柵が大体胸の高さくらい。エヴァは相当大きい。

何より興奮したのは出口付近に原画、セル画、ラフ画と様々な手書きの絵が展示されていて、写真撮影はご遠慮願いますと書かれていたのも気づかずに撮りまくった。富士急滞在の中で一番滞在時間が長かったと思う。友人にいい加減に終わってくれと怒られたので仕方なしにブースを後にした。



唇滅びて 歯寒し-110722_1616~010001.jpg こちらがガンダムクライシス。

アトラクションに入るまでTV画面で1Stガンダムをベースに作られた画像が流れる。








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こちらは今はもう無いが富士急限定カラーガンダム。

欲しかった・・・。1200体しかないなんて。





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こちらは待つブース。名言たちに囲まれて待っていられる幸せたるや。



アトラクション内容は書くと長くなるので気になる人は検索されたし。




どうせ行くならばこの2つだけは外せないと勝手に行かせて貰った。結果、ガンダムクライシスは達成できず、また等身大ガンダムに会うことは出来なかった。悔しい。


その後、絶叫系と呼ばれるものは全て制覇し、もう一回ずつエヴァとガンダム行かせておくれと頼んだが沢尻エリカ風に「はぁ?」と云われやむなく断念した。

なのに友人は六時閉園なので今一度高飛車に乗りたいと云う高飛車ぶり。その願望を叶えてあげるこの優しさを誰も気づいてはくれない。二度目の高飛車行きに並んでいたところ、数人前に例のおっさんが。

え?また居る。え?ずっといる?

高飛車で作業する富士急スタッフの対応を見ると飽き飽きしたような、もう相手にもしない対応であった事を察するとこのおっさんは朝一からエンドレスで高飛車に乗り続けているはずだ。おっさんはコースターへ乗り込むや誰からの指示も受けずに間違いのない手順で安全ベルトやら安全バーやらを取り付けていた。


この意気込みを違う場面で発揮すればおっさんはきっと金持ちになっただろうに。と友人に話してみたところ、「あんたそれ本気で思ってる?」と問われたので、


「別に」


不機嫌調で返してみた。







非常に安易な名前ではあるが、我が家で飼っているセキセイインコの名前。




7~8年くらい前だったと思うが押し餌で世話しなければならない小ささの時にやって来た。




去年の夏に病気を見つけ、飲み水に薬を入れて投薬をする事になり




一年の間に2度程危険な状態に陥ったが、何とか持ち直し今日まで来た。




3日ほど前に毛を膨らませ鳥かごの隅に座り込んでいたので、あぁいよいよ心の準備をしなくては、と覚悟をしていた。




その日の午後、薬を飲ませたら突然咳き込み嘔吐してしまったので慌てて専門の先生のところへ行ったが


「病気を見つけてから10ヶ月、この子は驚くぐらい頑張ってきています。ここまで頑張った例はあまり見ません。どうかできるだけ暖かくして静かに見守ってあげてください」






改めて、覚悟を決めた。










そして今日、小さい命の短い幕を閉じた。






老衰ではないことが、正直悔やまれる。








ごめんね。

先に云っておくが私は専門家ではないので、間違った情報提供していたらご一報を。


「今回飛散している放射線はCTを1回撮影して被爆する量とかわらない」と、どこかの政治家風情が云っていた。


仕事の関係でたまに触れる事のあるCTについてざっくりと説明しようかと思う。

CTというとガン検査や体内の小さな病変を調べる事で知られている。しかし検査は非常に高額で、必要に迫られた時か人間ドッグなどを受ける人くらいしか使用する事はないだろう。そして検査と云えども昨今の風潮からして被爆の心配をする人が多いかもしれない。



CTは1971年にEMI社から誕生した。


当時EMIにはビートルズが所属しており、驚異的な売上げを出していた。その売り上げはEMIの研究資金供給源となりCTスキャンが開発された。ビートルズがいなければCTスキャンの誕生はもっと遅かったのかもしれない。下手したら無かったかもしれない。ビートルズは音楽と医学に多大な影響を与えた。ウィキ先生情報有難う。


レントゲンの撮影方法は皆さんもご存知かと思うが、レントゲンは1方向から1枚の写真を撮影する。X線を目的の場所に照射し写真フィルムなどの検出器に可視化、そして病院でよく見る白黒の写真が出来上がるのだが、CTはあらゆる角度からの撮影する。その画像はコンピューター処理しそれらを組み合わせ立体的な画像を作り出す。CTは5円玉のような形で、その5円玉の真ん中に人間が寝そべった状態で入っていく。その時に5円玉状のCTがぐるりと身体を一周し、一周廻る間に何枚ものレントゲン撮影を行なう。この撮影された写真は色付き3Dでリアルに見ることも出来るし、テレビでよく身体の断面図として画像が出ている時があるが、あれが簡単な方の画像。細かい輪切り撮影を行なうので身体の細部まで検証可能で、小さな病変を発見しやすい。簡単に云うと3Dバージョンのレントゲン。


CTには「列」というものがあり、「列」は4列、8列、16列、32列、40列、64列、256列、現在最大320列とある。一般的に数が多いほど高性能とされている。この「列」は、数が多いほど一回の検査時間をより短く、より詳細に撮影できる。16ならば16個、256なら256個の情報を収集する。身体を一周周る時間は、16列だと20~30秒、256列ならば5~7秒。では、列数が多ければ多いほど検査時間が短くなるから被爆も減るのか?というとそうではない。輪切りの程度と移動ピッチが同等ならば列数が少なかろうが多かろうが被爆の程度は変わらない。

近年のCT機器は精密な検査結果の抽出と共に被爆量を最小限に抑える技術も進化しているようではあるが、被爆はする。


私の携わるCTメーカーがある病院と協力して「2007~2009年のCT検査における被爆量についての調査結果」を出していたので一部紹介したい。ここのメーカーは「短時間撮影かつ被爆量を最小限に抑えたCT」というのがウリだ。


一般的なX線撮影実効線量(0.03mSv)・年間自然放射線被爆量(2.4mSv)と比較したものによると、CTスキャン時

最小の数値が頸部 0.91mSv、X線撮影の30倍・自然放射線の0.38倍被爆する。

最大では 腹~骨盤部 4.71mSv、X線撮影の157倍・自然放射線の1.96倍被爆する。


という結果だった。これはあくまでも目安として見て頂けたらと思う。

ある資料には「一般的なCT検査においての被爆量は1回で数十mSv(ミリシーベルト)、100mSvを超えるX線被爆を受けることもある」と記述されていたりするが、それの被爆量に比べると遥かに少ない線量ではある。が、瞬間被爆とはいえこれだけを浴びているのか・・・。1年の被爆許容範囲を上回ってさえいる。


一般人が浴びても差し支えないとされる1年間の被爆基準は1mSv。一方で100mSvまでの被爆量ならば健康への影響は確認できないとされており、緊急時は「健康への影響がない」とされる20mSv~100mSvまで引き上げ可能となっている。「健康への影響がない」とされているが、実は100mSv以下の低線量被爆のデータが少なく、どれだけのリスクがあるのか正確には解らない、というのが現状のようだ。裏を返せば正確にはわからないだけでリスクはある、ということになる。実際、数年前に10mSv~50mSvの低線量被爆でも発がん性リスクはあるという論文が発表された。それにより医療業界、原発業界に大きく波紋を呼び、反論が相次いで起こった。

「CT推進派」と「反CT派」がいるといえば、どんな状況なのかおおよそ検討が付くだろう。


日本では医療検査での被爆に関して上限を設けていない。なので云い方は悪いがCTもレントゲンもどれだけ被爆しようがお構いなし。


一連の流れに、なにやら裏の顔が見えるような気がする。


なぜCTの話をしたかと云うと、原発による放射性物質の話を書きたかったからだ。CTの説明長すぎ。


低線量とされるCTの外部被爆でさえリスクがあると学会や医療従事者が騒いでいるのに、原発で飛散した放射性物質や流通する食物が大丈夫なんて云っているのはおかしいとは思わないだろうか。


放射線技師の年間最大許容量は全身で30mSv、皮膚のみに対する被爆は80mSv、手・足・関節200mSv。一方原発作業員は250mSvまで引き上げられた。最悪の場合最大の500mSvまで引きあがるが、この差を見ても今の原発状況は異常だというのが解る。後者の方が危険度が高いのは明白にも関わらず、だ。

被爆という括りで考えた時、作業員と放射線技師、一番の相違は放射線に「当り続けている」のと「数分当たっていた」事。「整った環境での被爆」と「「無法地帯と化した状態での被爆」もう1つ、放射性物質を「吸い込む可能性が高い」のと「吸い込む可能性がない」ということ。


「放射線」「放射性物質」「放射能」この区別がきちっと出来ているのだろうか。冒頭述べたCT被爆と原発より飛散している物での被爆との比較。これは比較のしようがない。「被爆」という言葉こそ一緒だが、身に降りかかる物の質がまるで違う。


CTはmSvこそ高いものの一時的な「外部被爆」となる。原発からの飛散で起こりうるのは継続的な「内部被爆」。

外部被爆も当然心配ではあるが、一番の懸念は「放射線」ではなく「放射性物質」で、この「放射性物質」は「放射線」を出す。放射線を出す物質そのものが飛散しているから問題なのだ。放射性物質を吸い込んだり付着したものを食べる事で体内から被爆する。そして体内にその物質があり続ける限り強い放射線を浴びながら被爆し続ける。内と外では同じ数値でも相当の差があり、これらを比較する事自体おかしいと思う。現実として食物から検出されていることを忘れないで欲しい。放射性物質たっぷりと含まれた物を食す事で体内からずっと被爆し続ける怖さをもっと知るべきだ。チェルノブイリで起きた事象をもっと勉強したほうがよい。


CT検査の歴史と今現在の原発の流れが非常にリンクしている部分があったので今回書いてみたが、無い頭振り絞って書いたので、まとまりのない文章で申し訳ない。でもこれで少しでも何かを感じてくれたらいいなと思っている。CTの列数とか。


CT検査による被爆については、一時的な被爆とはいえ結構な線量であるし、副作用が出る場合もある。そして低線量被爆でも発がん性リスクはあるものの、CTによって命を救われる人がいるのもまた事実。

しかしながら何でもかんでもCTを薦める病院は敬遠すべきだし、選ぶべきはCT・MRI・レントゲンを病気の種類によって上手に使いこなし被爆の程度も聞けばちゃんと答えてくれる病院だろう。受けたくなければ受けないのも一つの選択だ。

原発についての情報は嫌というほど溢れているので、自身で調べ納得いく結果を導き出して欲しい。ちなみに私は反原発派。



「ただちに影響はない」と云う言葉をどこかで聞いたが、それは即ち「今後影響がでる(かもしれない)」と同意である事は頭の片隅にでも入れておいたほうがいい。

で、結果私が何を云いたいかというと、「長々書いたが、CTの詳細については専門家に聞いてください。」

「サザエさんて見る?」




突然質問された。


「う~ん。たまたまテレビがついていたら流す程度」


「サザエさんてどう思うよ」


「マスオさんが労わられてないくらいしか思わんが」


「俺、サザエさん大嫌いなんだよね」


「何故故に」


「まずカツオが可哀相。大体、なんで姉さんに怒られなきゃならんのだ。年の離れた姉というだけで心は荒むのに、毎日のように怒られる。そうして母親であるフネが大概の家事は行っていて、サザエなんてろくに家事なんかしやしない。親の甘やかしも過ぎるが、かといってパート行こうという意識もなければ周りで行けと云う奴もいない。毎日せんべい食ってだらけてやがる。そのくせカツオが勉強サボればギャアギャア怒るがお前の日常は人に文句云えた様か?カツオだって年頃だ。遊びたい盛りというのに姉にあれだけ怒られしかも何かあればすぐ父親にチクられ、たまったもんじゃないだろう。父親も父親だ。サザエに云われたことを間に受け息子の気持ちなんて汲むことすらしない。マスオだってきっと核家庭になりたかったろうし、もっと自由になりたかったはずだ。会社行くにも帰るにも義父と一緒だぜ?」


「確かに、マスオはマイカーローン組みたいと農協に相談してたな。」


「だろう?マスオだってあの家を出たいんだよ。ともかく、サザエは堕落しすぎているくせに口だけは達者なのが気に食わん。働きにでろ。働きにも出ないで偉そうな口を叩くなと。」


「なるほど。で、エンディングの”愉快なサザエさん”は?」


「完璧に唄える」


「今のお前の現状は?」


「無職」


「サザエさんは?」


「家事手伝い」


「お前は?」


「家事手伝い」


「サザエさんちのご飯は誰が作ってる?」


「フネ」


「お前のところは?」


「   嫁   」


「今のお前の口にあるのは?」


「お魚」


「今の気分は?」


「るーるるるるっるー」


「最後の質問。今のお前は?」


「サザエさん  。」


「        ほう。」



私は宇野ゆう子ー!と叫んだ。後輩は永井一郎ー!と返してきたのですかさず「錯乱坊ー!!」と声を張ってみたら「それは、好き」と結末した。




土曜の、後輩との酔いどれ一幕。





土曜、マリアたんのかわゆさを語りたかったが誰も集まらなかったので仕方なく後輩と飲みに行った。


待ち合わせの場所に少し早く着いたのでベンチに腰掛けしばし待つことに。数年前とは比べものにならないくらい週末の街の閑散ぷりに驚きを隠せなかった。

目の前を通っていくのは元気な若人集団や格好つけて走っている車でもなく頭の悪そうな犬を連れたおっさん。水溜りに足を突っ込み「きゃ」と云っているし、自転車漕いで何度も旋回するおっさんもいるし非常に居心地が悪かった。早く来い後輩と願いながら数分を過ごしつつ、辺りを見回しても人気はまばらで静岡の街中はこんなに寂しい街だったかしらん。なんだか切なくなった。


約束の時間を少し越えた辺りで白縁眼鏡を掛けた怪しい男性がぐいぐいとこちらへ近寄ってくる。


「遠いし」


白縁は後輩だった。夜なのにサングラスってどうなのよと思いつつもそこは突っ込まず、あまりの蒸し暑さに兎も角店に行きましょうと歩き始めたのだが、暫く見ない間に男っぷりを上げたなぁと思うと同時におっさんになったなぁとも感じた。ま、私もそう思われたのだろうが。

近くの店に入り酒を注文、私は基本的に酒を飲まない(飲めない)がこの日は何となく頼んで飲んでみた。

焼き鳥片手に後輩は相変わらずの毒舌ぷりで、


「場末の居酒屋で、中年のお前と中年の俺がこんな所で話をしているっていう現実ね。20代時分の俺にこんなプランはなかったぞ。」


「今現在無職ってのもか」


「ヒルズで日々昼寝しているのが今の俺であったはず」


「プランなんてものは刻々と変化しているのは小僧だって承知だろう?場末の居酒屋で中年同士飲み語る現実もまた必然。ところで最近音楽は触れとらんのか?」


「片付ける為にレコードを縛る作業という意味では、触れた。」


「後輩は?」


「なんだか音楽集団作って仕事しながらライブやったりレコード出したり結構頑張ってるみたい。一番頑張ってないの、俺」


「俺無職一生懸命です!て自慢しろ。それより事業立ち上げるんだろう?介護施設だっけ?」


「そう。プランはある。その為に勉強もしているし、立ち上げたらすげー偉そうに説教たれるの。大学とか専門でその道の勉強してきたヤツに。散々説教たれたあと、でも俺無免許なんだけどねって云うのが目標」


「リアルに想像がつく」


突然後輩は席を立ち私の横を通り過ぎた。


「チュウしていい?」


振り返ると肩を出した艶っぽい女性の絵が描いてあるポスターを指差していた。


「はよ便所イケ」


後輩もまた実は酒があまり飲めないほうで、酒の飲めないアンダー33で酒を飲ませたら選抜に選ばれるくらい飲めない中では飲める方だと豪語してトイレに消えていった。同時にサッカー小僧でもある。トイレから戻ると


「俺の車って、石原さとみなんだよね」



「ぱっと見普通だけどよくよくみると実は美人ってことか?」



「正解。オープンだけどありありとオープンですとは見えない。でも自慢しちゃうような」



「ボクスターが来ると?」



「チラ見しながら下を向く。完封負け」



「こっちは向こうをちらちら見るけど向こうはこっちに見向きもしない、と。」



「だけどさ、オープン乗ってるのっていい年のおっさんばかりなんだよね。乗り方にも余裕が伺える。俺は前のめり気味に乗ってるし」



「さとみを愛しすぎたあまり実年齢よりも車がお前の時代を先行く形になってしまったと。」



「そう、さとみのせいで俺の年齢より車が先行ってしまった。」




「同じメーカーの私の車は何と表現する?」



「若林剛」



「 げ 」



そんな会話を延々しながら二軒目に行き、ヒトラー映画のポスターが目の前に貼ってあるようなショットバーで原発について、被爆について討論していたのだが小僧はやおら立ち上がり


「手握ってもいい?」


壁に貼ってある金髪のおねえちゃんに語っていた。

俺は色白アンダー33の中で一番に選抜で選ばれるくらい色白の中では色の黒いほうだと豪語してトイレへ消えていった。




つまるところ、   あほか。


最後に小僧が前から聞いてみたかったんだけど、と云われたのが


「恋愛として、人を好きになる事ってあるの?」


「くだらん質問だ。あったとしたら、なんだ」


「ラララとか歌っちゃうのかと。想像に耐え難い」


「いや、メルヘンはないがひっそりとラララです。」


「しちゃうのか、お前からアンドロイド的な感情しか感じないんだが」


「ま、アンドロイドでもラララするんだよ。そういうことにしとけ」


「すげぇ謎なんだけど。一緒に仕事する?」


絶対お前とは一緒に仕事したくないと吐き出し、場末の飲み屋で交わされた下らない会話の幕は閉じた。


久々にアルコール摂取したせいか人恋しくなり、帰宅中タクシーのおっさんに好きなものは何か聞いてみた。おっさんは酒と野球と競馬だそうで、ちらとバックミラー越しにみえたおっさんの顔はなるほど、そのままの顔面だと納得した。じゃあ貴方はどうなんですかと聞かれ、「嫌いなものは蜘蛛と自分です」と答えたら以降何も喋ってくれなくなった。




恥ずかしがり屋の私は最後の件にアンドロイドではない事を示している。

大したことじゃないですがね。