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言葉があふれてる

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子供の頃、うちにネズミが出た事がありました。
白いネズミだったから、何処かの家で飼われていたのが逃げ出したのだと思います。
悲鳴をあげて大騒ぎするわたし達をよそに、お父さんはヒョイとネズミを捕まえました。
尻尾の先をつまみ、ツンツンと振ると、「チューチュー」と鳴いてもがいていました。
それを飼い犬に見せると、ワンコは「ワフ!ワフ!」と興奮して鎖を突っ張って立ち上がりました。
その様子を見たお父さんは、ネズミを透明ビニール袋に入れて袋の口を縛り、ワンコに投げ与えました。
ネズミをキャッチしたワンコはガフガフとネズミに襲いかかり、手で押さえつけたり、背中をなすりつけたりと、ネズミで遊びました。
ネズミは「チューチュー」と途中まで鳴いていたのですが、ワンコがボキボキバキバキと音を立ててネズミの骨を噛み砕き、ネズミはグニャグニャに曲がって死んでしまいました。
出血はなかったので、ネズミがいつの時点から死んでいたのか、今も分からないままです。
今回の件に関しての考察は、あともう一人にメールを送ったら、これで一旦終了にしようと思ってた。
でもその「あと一人に送るメール」がまとまらない。
どうもしっくり来ない。
と思って、色々考えて、書いて、考えて、書いて……としてるうちに、重大な事に気が付いた。
問題の人物に関する情報が、一つにつながった!
一つ一つの相手の具体的な行為は「見えない角度から指で突っつく」とか「日記から拾ったわたしの写メをメールに添付してくる」とか、取るに足らない いたずらレベル。
しかし、それも絶え間なく続くと耐え難い。
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授業をしているとする。
やたら質問してくる生徒がいる。
しかし、
理科の授業で「テキストのココの文法間違ってませんか!?」とか
中学生に解る内容の話をしていると「それどういう意味ですか?!」と小学生で学んでいるはずのことを質問してくるとか。
質問熱心なので最初は「勉強熱心な子だなぁ」と思っているけど、だんだんその子の質問に対応するために授業の方向性を狂わされてくる。
そのうち、教室を離れて資料や問題を作っていても、
「この書き方だと、きっとあの子が質問してくるだろうから、他の書き方に変えよう」とか「その子の影響」を考えながら作ることになってくる。
その結果、本来その授業で教えたいことを教えられず、その子一人の対応に追われている状態になってくる。
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「会話はキャッチボールだ」とよく言う。
こちらが投げた球を、相手が受け取って、投げ返して、こちらも受け取って、また投げ返して、でコミュニケーションは成り立っている。
しかしその人物は。
受け取った球を握りしめてわたしの所までやってきて、
「この白い球、何?」「革製品なの?」「こういう形の布を二枚組み合わせると球状になるんだね!」「赤い糸で縫い合わせてあるんだー」「どうしてこんなもの持ってるの?」「どこで手に入れたの?」「何に使うものなの?」
と矢継ぎ早に、質問を繰り出してくる、けど会話は成り立たない。
会話以前に、「野球ボール」から説明してやらないといけなくなる。
何を投げても、どんな話題を振っても、そんなリアクションが返ってきて、話題は膨らまず会話は前進しない。
いつまでも、「投げる→球を持ってくる」を繰り返している。
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今やっている仕事は一対一の接客だけど、これがもし複数のお客様を一度にお相手するお水のコみたいな状況だったら、こないだ話した「ヘンコの◯氏」は「上得意様ではあるけど迷惑でもある」という状態だったんだな、と判ってきた。
わたしが他の方としている普通の会話に「それって何のこと?」と絡んでくる。
それについて◯氏に説明する。
そして、話の続きを始めると、また「俺の場合はこうでさ!」と絡んでくる。
そういうことを繰り返していると、何人かで車座で会話していても、わたしは周りの会話を片耳で聞きながら◯氏だけに返事している状態になってくる。
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何人かでボードゲームを囲んでいるとする。人生ゲームとか。
わたしの順番がまわってきて、一手を打つ。
その人は「今なんでその手にしたの?」と質問をするので、答える。
またわたしの順番がまわってきて、一手を打つ。
するとまた「今のレアアイテムはどうやって手に入れたの?」と質問をするので、また答える。
それを繰り返していると、ゲームよりもその人に向き合って会話している状態になってくる。
ゲームに向こうとすると、話しかけられて結局その人の方向を向かされる感じ。
「ゲームに集中するか、退席するか、どっちかにしろ!」と言いたくなる。
「全てを勝ち負けで考えてしまうタイプ。」検索↓

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http://sp.plus-blog.sportsnavi.com/blueja/article/685
筆者の中小路さんの言葉でなるほどと思ったのは、
「同期生が次々とやめていったのは、スポーツは楽しむもの、という原点からすれば当然の選択なのに当時は敗北に見えた。」
敗北に見えた。。という部分でした。

ここの問題は、
すべての価値を勝ち負けで判断してしまうこと。
これは勝利至上主義とは言い切れないです。
でも僕らの中でもあります。

負け犬。
勝ち負けより、むしろ負けたあとの社会のレッテルによって押しつぶされる敗者のイメージ。
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http://www.netcity.or.jp/OTAKU/okada/library/priodical/torisetsu/spa10.html
・軍人タイプ負けず嫌いで、常に勝ち負けや順位にこだわるタイプ。仕事も恋愛も家庭も、すべて他人と比較して、誰に対して勝ち、負けているか、客観的、社会的に見て自分はどれ位のレベルかをいつも計っています。また、自分よりレベルの上の人を敬い、秩序を守ろうとする心を持っています。

友達と遊んだり、先生にかまってもらうのが好きなのが王様タイプと軍人タイプ。口が達者なのは軍人タイプと学者タイプ。

軍人タイプは、負けず嫌いの努力家です。遊びでも、負けると悔しがって練習します。上手な友達は尊敬し、下手な友達をバカにします。泣くときも悔し泣きが中心になります。遊びの中心で、リーダーシップを発揮することも多いです。

同じタイプ同士は、相手の行動が大変理解しやすいと言う調書があります、そのかわりに、相手の欲求と自分の欲求が衝突するため、自然と距離をおくようになります。軍人タイプ同士だと、主導権のとりあい、
【ス】ある意味、リスペクトではあるのだけど……
の所で、書きそびれていた。

> 「ネットに」「自分で」「毎日」「まともな文章を」書いている事がスゴイ、
わたしの日記は「今日は◯時から出勤してます。よろしくね。」みたいなものではないから余計に、
さも「新聞や雑誌に載っている連載を見つけた」ような驚きを感じたのだと思う。

〈情報媒体にわずかでも場所をもらえて1文字◯円で買い取ってもらえる〉のと、
〈自分を売るために自分でブログにセッセコ書き連ねている〉のでは、
雲泥の差がある。
その違いを知らないのは、まぁクリエイティブに関わっていない人なのだし、100歩譲って仕方がないとしよう。
素人は、「風俗情報サイトに載る記事」ですら、お店が広告費を出して記事を書いてもらっている、と言う事は、知らないのだろうから。
単純に媒体に載ればいいだけなら、労力とお金を費やせばできる。
書いた文章が人の目に触れる場所に載ることは、何もスゴくない。

今どき、情報媒体どころか、芸能人ブログも飽きるほどあり、名も無き一個人もネットにおかしな事を晒してニュースになる程ネットに文字を上げる事が日常的な事になっているのに、そういう情報に全く縁のない人がこの都会にもいるんだなぁ、と逆に驚いたりする。
なんで、お腹の調子が悪いと皮膚が荒れるのかな……
「エグゼクティブ・ストーカー」を検索しても、いまいちよくわからない。

・人格が未熟なストーカーは、「好き」か「嫌い」かの両極端な人間関係をきずきます。依存心が強く、衝動(しょうどう)を理性で制御できず、光と影のように分裂ぎみで不安定なので、ほれた時は、相手のいい面ばかりに注目し、徹底的につくしたり甘えたりします(そのため、情にほだされ付き合う人もいます)。気に食わないことがあると、相手の悪いところをあげつらって徹底的に攻撃してきます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%B1%E4%BE%9D%E5%AD%98

〈注〉共依存という言葉は、学術的用語でなく、明確な定義はない。

・共依存者は自己愛・自尊心が低いため、相手から依存されることに無意識のうちに自己の存在価値を見出し、共依存関係を形成し続けることが多いと言われる。
・例えば、暴力を振るう夫とそれに耐える妻の関係、支配的な親と愛情を受けたい子供の関係、相手から愛されることが目的となっている恋愛関係などがある。
・それは何故かと言えば、共依存者も被共依存者も、他者の価値に依存する傾向が多いからと言われている。
・共依存の問題点は、被共依存者が回復する機会を失うことだけでなく、共依存に巻き込まれた者が、ストレスを抱え込み、精神的な異常を訴えたり、さらには関係性に悩み自殺する場合がある。
・被共依存者は、援助が少ないことに見捨てられた気持ちを抱く可能性もあるが、「自分の人生は自分で切り開いていくしかない」と気づかせることが、結果として被共依存者の回復に繋がる。
「境界性パーソナリティ障害」と依存
・境界性パーソナリティ障害では、幼少時から分離不安のある者が多く、依存できる関係を求める傾向にある。
・患者にとって依存は自覚がなく無意識的なものであるが、自身の混乱や葛藤により追い払ったり引き戻したりすることで、対人関係が激しく短期的なものになりやすい。
・依存や混乱の著しい患者は他者を巻き込みやすく、人との摩擦が生まれやすい。

つまり、パーソナリティ障害は対人障害なので、依存が発生することは普通にある、と言うことだ。
「境界性パーソナリティ障害」について調べているうちに、ちょっと気になった。

この言葉を調べたかったのは、『新版 ストーカーの心理学』での分類で、ボーダーライン系(境界人格障害)」を「人間関係は濃く、相手を支配しようとするところに特徴があるという。」と説明しているから。
しかし「ボーダーライン系」で検索してヒットするページ内で「支配」を検索してもほとんど引っかからない。

そのかわり「ボーダーライン系」でヒットしたページで「粘着質」という言葉に出会った。
これも心理学的な分類を表すようだ。
「粘着質」で検索すると「クレッチマーの性格分析」に出会う。
↓↓↓↓↓
エルンスト・クレッチマー
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%81%E3%83%9E%E3%83%BC
エルンスト・クレッチマー(Ernst Kretschmer, 1888年10月8日 - 1964年2月8日)は、Prof. Dr. med. Dr. phil. h.c.を持つドイツの医学者、精神科医。ヒトの気質を研究し、類型学的に分類した。
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どうも、「クレッチマーの性格分類」は「心理学概論の教科書に必ず載っている」というような、心理学の基礎知識のようだ。

そこで代表的な6つのタイプとして
神経質タイプ(N型)
粘着質タイプ(E型)
顕示質タイプ(H型)
偏執質タイプ(p型)
分裂質タイプ(S型)
循環質タイプ(Z型)
に分類されているらしい。
これは、病気とかではなく、一般的な「ヒトの気質」の事。

この中の「顕示質タイプ(H型)」というのが
↓Wikipedia続き↓↓↓↓
このタイプはわがままで勝気。嫉妬深く、見栄っぱりで我慢するより外側に発散することを好む。華やかで賑やかな雰囲気を持ち、常に人々の中心にあり続ける。(社交的)話題も豊富で広い知識を持っている。 流行に敏感で全体的に知的で利口そうな雰囲気である。常に自分が話題の中心にあることを好み、自慢話が多い。 他人に好かれ、尊敬されることに価値を持っていることから、自分が無視されることを嫌い、 常に自分の方に話を持っていこうとする。(会話の主語に”私”を多用する) 対人関係では人の好き嫌いが激しい。社交的で一見、 他人に親切であるようにみえるが打算的であることが多く日が経つにつれ他人が離れて行くことが多い。 良く言えば、子供っぽい性格。悪く言えば大人になりきれない未成熟なタイプ。(*参考-小太りで赤ら顔が多い)
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いまわたしが問題としている人物そのもののタイプだ。

わたしの「人付き合いを苦手とし、人との距離感を保とうとする」という基本的な性格に対して、この人物の「自分が無視されることを嫌い、 常に自分の方に話を持っていこうとする。(会話の主語に”私”を多用する)」アピールの仕方は、不快であるのは確かだ。
ただし、あくまでもこういう人と言うのは、ごく普通に存在し、社会の中で生きている訳で、仕事上でもこういう「オレオレ」タイプの人の接客をすることは普通にある。

「顕示質タイプ(H型)」の
「良く言えば、子供っぽい性格。悪く言えば大人になりきれない未成熟なタイプ。」という所が、「境界性パーソナリティ障害」の
「また怒り、空しさや寂しさ、見捨てられ感や自己否定感」
「境界性パーソナリティ障害では、幼少時から分離不安のある者が多く、依存できる関係を求める傾向にある。しかし相手の悪い部分を認識することで混乱を起こしてしまう患者は、相手を過度に理想化する傾向にあるが、傷つきやすい自己愛を持ち」
という所と共通する。

また「演技性パーソナリティ障害」の
「他者からの尊敬や注目を集めるために人を利用する」
「外向性が強いことが特徴である。同時に、内面が希薄であり、アイデンティティの確立が弱い。そのため、被暗示性が強く、他人からの影響を受けやすい。他者からの注目が自己の基準となっていて、そのために外見など表面的な手段を使う。」
「自分が注目の的になっていない状況では楽しくない。」
「他人との交流は、しばしば不適切なほどに性的に誘惑的または挑発的な行動によって特徴づけられる。」
「浅薄ですばやく変化する感情表出を示す。」
「過度に印象的だが内容の詳細がない話し方をする。」
「自己演技化、芝居がかった態度、誇張した情緒表現。」
「被暗示的、つまり他人または環境の影響を受けやすい。」
「対人関係を実際以上に親密なものとみなす。」
というとことが、「顕示質タイプ(H型)」との共通点であり、その人物像そのものでもある。