ささやかなひとりごと -30ページ目

ささやかなひとりごと

日々の気づきなどを書いています。

昨日お金の本の紹介をしましたが

私はあまりお金について考えたことがありませんでした。

 

ただお金のために働かないといけない

という思いはずっとあって

好きなことをして稼げる人はいいなあ

という思いを持っていました。

 

正社員で働いていた時は

毎月お給料を頂いていたので

お金の心配をしたことはあまりなく

贅沢をしなければ暮らしていけました。

 

今思うと

仕事のストレス発散や

自分を変えたい不安感から

お金を使うことも多かったと思います。

 

生活費にいくら使っているのか

何に使えば自分にとって活きた使い方になるのか

考えていなかったので

もったいなかったと思います。

 

今は生活に必要な費用は把握しているし

ストレス発散も必要ないし

不安から使うこともなくなりました。

そしてお金へのありがたみは

以前とは全く違っています。

 

たくさんあればいいということでもなく

でも必要な分は必要で

これからも向き合う必要があるなあと思います。

といって振り回されるのも嫌ですが。

 

お金に換えられない豊かさもたくさんあります。

程よい感じで

向き合っていければと思っていますニコニコ

 

読んで頂いてありがとうございますニコニコ

 

 

若くして隠居生活をされている大原扁理さんの哲学が綴られた本です。

 

週休5日(働いているのは2日)を実践されていて

(月収7万くらい)

台湾でも隠居生活を実践していたという

自分を持っていないとできない生活だなと思います。

 

親がお金持ちでもなく

たくさん働いてお金をためてから隠居しているのでもなく

必要最低限のお金分だけ働くという方法。

 

そこまで時間があると

何をしていいかわからなくなるとか

何でもいいから働きたくなるという方も

多いのではないかと思います。

 

お金に対する考え方も

実践しながら身に付けられていて

自分がどうしていたら幸せか

どんな状態が嫌なのかを理解し

そのために必要なお金を割り出し

その分を働いて稼ぐ

 

好きなことをして生きるのではなく

嫌なことをやめて生きる

という視点だそうです。

 

働きたくない=怠け者=×

だった頃の私には理解できなかった考え方ですが

今は理解できる気がしています。

 

お金は得体が知れないもので

いくらあっても不安で

そのために働かないといけない

という考えから抜け出すのに

参考になるかもしれません。

 

読んで頂いてありがとうございますニコニコ

 

 

 

 

 

 

 

 

変わりたいというのは

行動が変わることで

行動が変わるのは

気持ちが変わるからで

 

気持ちが変わるから

同じ出来事に対して

見方が変わる

解釈が変わる

 

解釈が変わると

今までダメだったことが

まあいいかになったり

まあいいかだったことが

やっぱり嫌だになったりする

 

そうしたら反応が変わって

対応が変わって

行動が変わって

同じ出来事なのに

世界が変わる

 

特別な出来事でなくても

日常でいい

自分の心の動きを観る

他人のではなく

 

頭のおしゃべりが止まらないまら

おしゃべりのエネルギーをお腹へおろす

お腹で受け止めてみる

 

世界に対する

自分の心の動きを観ると

心で反応していた自分

頭でダメ出ししていた自分

そんな自分を思い出す

 

思い出したら

今の自分と比べて

今日の自分は

少し違うと自分に言う

 

私は私の

世界を変える

 

 

 

 

 

失敗するからやらない

完璧じゃないから言えない

それもひとつの選択

 

やりたいと思った時点で

言いたいと思った時に

完璧である必要はなくて

 

今は欠けや傷があっても

その欠けや傷から

新しく広がり

生み出され

最適なものになる

最善へ導かれる

 

今のあなたが決めたその完璧さは

未来と過去の完璧とは異なる

 

全て無駄ではないから

私たちをつくってくれた

全ての存在にありがとう

 

光の当たる場所にいる人を

羨ましいと思っていた

 

自分がいるのは

ちょっとした日陰

人の少ない場所

 

誰もいない場所に1人でいたり

真っ暗な場所に1人でいると

かえって目立ってしまうから

日陰で人の少ない場所

そこが私の定位置だった

 

ある日予告も相談もなく

陽の当たる場所に押し出された

羨ましかったはずのその場所で

輝くことはできず

居続ける器もなく

居心地が悪くて

逃げるようにフェードアウト

 

定位置に戻ってほっとしたけれど

残ったのは

後ろめたさと情けなさ

 

キラキラと輝いて見えるその場所は

輝く場所ではあるけれど

そこにいる私はいつも不安で

何かをしなければならず

なんとかしなければならず

私が何かをしたい場所ではなく

 

わかっていたのだ

だからいかなかったのだろう

光はキラキラとして

日陰は薄暗い

薄暗くても

涼しくて落ち着いて

私でいられる場所

 

陰は私を助けてくれる

光がなければ生きられないけれど

光だけでも生きられない

 

後ろめたさと情けなさを

自分らしさに変えて

日陰で今日も生きていく

 

だれかに認めてもらいたい

だれかにほめてもらいたい

 

ずっと思っていたけれど

本当に認めてほしいのは

私にだったのかもしれない

 

私ってすごいでしょ

私って頑張ってるでしょ

私って特別なんだよ

私ってかっこいいでしょ

 

ドヤりたいのは

私に対して

私にほめてほしかった

 

たとえだれかがほめてくれても

どこかで他人事だったのは

私が私をほめていないから

もっともっとできるはずだと

もっともっとすごいはずだと

 

負けてもいい

負けていい

負ければいい

 

他人に負けても

傷つく必要がない

私は私が基準だから

 

もっともっとは遠い昔

わたしはすごいんだと

根拠なく思っていたころの

実体のない幻の私基準

 

今は実体のある

等身大の私で

私にできることをする私で

ドヤることにしよう

 

私は私であることで

すごいんだよ

いいんだよ

こんばんはニコニコ

昼間外を歩いているだけで

熱中症になる気がしていますキョロキョロ

(へたれですニヤリ

 

書くことの効果は大きい

とブログを書き始めて思うことがあります。

 

私にとって書くことは

手放しにつながります。

書いて投稿することで整理がつくのか

今まで思わなかった視点が出てくることがあります。

 

昨日自分軸のなさ、自信のなさについて書きました。

今朝浮かんだ言葉が

「私は悪くないのに」

 

出来ないことがあったり

知らずに又はうっかりミスをしてしまったとき

誰かのせいにしたくなることが

私はよくあります。

 

そういう時に思っているのは

「怒られたくない」

ということ

大きな音や声が苦手で

(でも雷は平気はてなマーク

相手が優しい方だとまだよいのですが

はっきり言う方や声の大きい方だと

それだけで萎縮します。

 

だからといって相手のせいではありません。

はっきり言うのも声が大きいのも

その方の個性です。

ただ条件反射のように

私は萎縮してしまう

であとから思う

お互い様なのに

私だけが悪いんじゃないのに

 

怒られるのが嫌で

完璧にしようとして

でも無理で

挑戦しなかったことは多いかもしれませんし

人の中にいるのがしんどい理由のひとつかもしれません。

 

怒られる私

注意される私

迷惑をかける私

でも

それもまた私の価値とは無関係です。

 

一方で

怒られてもいい

迷惑をかけてもいいと

今思うのは簡単ですが

条件反射を止めるのは難しいキョロキョロ

 

強いて言うなら

萎縮する私でもいい

というところでしょうか汗

 

まだ結論は出ていませんが

一見ネガティブな感情や出来事でも

それを大事に見ることで

違う視点を持てるというか

異なる考えが出てくることがあります。

 

ということで諦めずに

次の想いを待ちたいと思いますニコニコ

 

読んでいただいてありがとうございます音譜

 

こんばんはニコニコ

通勤時にトンボを見かけるようになりました。

夏ですねやしの木

 

新入社員の時からそうですが

(31年前・・・・・・キョロキョロ

会社でひまだと落ち込んでいました。

 

開発部門にいたため

ルーチンワークに縁がなく

何をしていいかわからない時間が

多くありましたショボーン

 

上司から指示が出て

どうやるかは自分で考える

わからない時は尋ねる

でいいのですが

入社した会社が急成長していた時期だったのもあり

会社として初めての仕事も多く

だれに聞けばいいのだろう?

みんな言う事違うし

的なこともありました。

 

同期や周囲の先輩たちは

みんな忙しそうなのに

私は何をしている?

 

結果もなかなか出せなかったので

余計にそう思いました。

 

今思えば

それでも考えて何かをして

仕事をしようとしていました。

たぶん周囲の評価もそう悪くはなかったのですが

自分としてはやりがいを感じられず

心に重たいものを抱えていました。

 

数年後には仕事が形になってきましたが

知らないゆえのミスも多く

全く自信はつかないまま

浮き沈みを繰り返しながら

もうやめようと思いながら

続けてしまいました。

 

ふり返って自分の何が悪かったかと言えば

たぶん何も悪くない

強いて言えば

何をしていいかわからなかったり

ミスをしたり

やることがわからなくてひまだったり

そういうことを

自分の価値のなさだと思っていたことだと思います。

 

今も、やるべき仕事がない時間があると

私はいらない人なんじゃないかと

思ってしまいます。

 

でもそれはたまたまで

仕事がある時はあり

感謝してくれる人もいる

評価も悪くない

 

ひまと私の価値は無関係

それをひとくくりにしてしまうのは

他人軸か、自信のなさで

自分が自分のことを

価値がないと評価しているわけですえー

 

だいたい息つく暇もないほど忙しかったら

それはそれでばててしまうメンタルなのに笑い泣き

 

他人の感謝と評価を素直に受け取ろう

仕事には波がある

そしてこのメンタルの私を

受け入れてくれる周囲の方々に

感謝しようと思います照れ

 

読んでいただいてありがとうございますドキドキ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やることがあるのに

体が動かないときがある

 

会社であれば

場所を移動し

他人の目があり

やろうと思えなくても

次の瞬間体が動くのに

家で1人でいると

そうはいかない

 

人の目をわずらわしいと

思い続けて

いざ1人になると

やるべきことの半分もできない

 

本当はやるべきことなど

思っているうちの

半分もないのかもしれない

 

人の中にいるから

お互いやるべきことが増える

 

人の気が人を動かす

そうであるなら

私の気は

だれかを動かしている?

 

だらりとした

自分だけの空間にからめとられて

ありのままでいいよと言われ

私は途方に暮れる

 

やる気がでないのは

きっと天気のせいだと

言いたくなる

 

制限があるからこその

自由なんだろうか?

 

 

 

先日購入したバガヴァッドギーターカードの解説書を

ぼちぼちと読んでいます。

 

※バガヴァッドギーターというのは

インド発祥のヨガ哲学を

700編の詩で表現した聖典のことで

それを気軽に読めるように

カードとガイドブックにしたのが

バガヴァッドギーターカードです。


今朝読んだのは

「アッビャーサ(繰り返しの練習)」

 

ヨガ哲学のお話なので

瞑想の練習について書かれていました。

 

瞑想は頭のおしゃべりを意思の力でやめて

今ここに心を戻す作業です。

 

書かれていたことは

大切なのは結果を求めることではなく

諦めずにコツコツと続けていくこと

 

自分の心を扱えるのは自分だけ

瞑想やヨガは

心が自分を振り回し

自分が心の奴隷にならないために続けるもの

 

だそうです真顔

 

私は頭のおしゃべりがとても多く

瞑想は苦手ですキョロキョロ

 

このところ短時間ですが毎日瞑想の時間をとっていて

余計なことを考える時間が

以前よりは減ったかなと思いますニコニコ

 

少しだけ

瞑想で心を落ち着かせることが

できるようになりました。

 

ヨガ教室に通い始めて

もう10年目になるのに

やっとですびっくり

 

瞑想は半分諦めていて

やらなかった時期の方が長いのですが

それでもヨガをしていてよかったと思います。

 

結果を期待して行動してしまいますが

期待せずに

やりたいから続けていくことが

できたらいいなあと思います。

(難しい……あせる

 

読んでいただいてありがとうございます音譜