憂世彼方 雑記:佐野 清 はじまり | うっかりはちのダメ生活日記

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東京にて細々と役者をやっている井家久美子のブログです。
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さて、今回も始まりました。役成仏企画という名の私的役考察?二次創作?

終わってみて思うことや芝居中に思ったことなんかで書いています。私だけ設定なんかもありますゆえ、共演者の皆様もご容赦ください…!
少し長くなりそう…か?
というわけで、心の広い方のみお進みくださいませ。
二幕始まり、緞帳の奥に現れたヤングお清に愛を込めて(笑)
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まだ春は先。
緑もまだない寂しい風景。

「お清、ごめんな…」

疲れきった父ちゃんと母ちゃんの顔。意味もわからず私に手を振る弟妹たち。
そして、私の手を引く見知らぬおじさん。

「…大丈夫だよ!父ちゃん、母ちゃん、みんな。達者でね!!」

よくあることだ。
貧しさゆえに娘を女衒に売り渡す。
よくあることなんだ。
もう見ることはないだろう景色はゆらゆらと歪んで、頬っぺたを滑る水を懸命に拭った。
あたしがこれから連れていかれるのは、
華やかで暗い街・吉原。


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吉原は今までの暮らしでは考えられないようなきらびやかな街だったけど、 その裏側に澱むどんよりした霧のような暗さに気づくのに、そう時間はかかんなかった。

あたしはといえば、失敗も多いし吉原の厳しい礼儀とかいうやつに従うことも苦手で。
ありんす言葉も覚えられず、新しい名前にも慣れず、ついお清と名乗ってはまた遣り手ばばあに叱られた。
折檻にあうこともしょっちゅう!
それでも泣きもしない私に、まだ店を継いだばかりっていう楼主の団さんも呆れていた。

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あたしがつけられた姉女郎は、綺麗だけれど儚げな人だった。女郎同士の争いも好まず、ただ静かに微笑んでた。
女郎からの嫌がらせや、どんなお客であろうとそれは変わらなくて。
ある日、お客とお客の合間に姉さんと二人になったとき、少しだけ悲しい笑顔であたしの頭を撫でてくれた。

「お前は、その明るさと我慢強さが取り柄でありんすよ?大事にしなんし」
「…それだけって…なんだか馬鹿にされてるみたい」

そうしかめっ面で文句を言っても姉さんは怒らなかった。
その代わりにあたしの頬を引っ張ってこう言ったの。

「そんな顔では、良い旦那はつきんせんよ。ほら、笑いなんし。…わっちの好きなお前の笑顔を見せておくれ」


痛いよって抵抗したけど、あたしが降参するまで手を離さなかった
誰よりも大人の姉さんの子供みたいなやり方に、あたしは最後には吹き出しちゃった。
姉さんにはあたしと同じ年の妹がいたんだって。…いつのまにか、あたしも本当の姉さんみたいに思ってた。
嫌なこともたくさんあったけど、姉さんがこっそりお清って呼んでくれるその時だけは本当の笑顔になれたんだ。


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「あんた、何してんの」
ただただ降る雨の中、あたしは立っていて。
いつからそうしていたのか覚えてない。
いつも喧嘩を吹っ掛けてくる新造女郎。
…相変わらずうるさいな。

「あんたの姉さん、死んじゃったのに!」

この街で生きていたらいつかかってもおかしくない病。綺麗だった姉さんは、最期にはやつれて髪も抜けて、見る影もなく。
見たくなかった。認めたくなかった。




…もういいや。
あたしにとっての苦界は、吉原だけじゃなかった。この憂世自体が私の苦界だったんだ。あたしの名前を呼んでくれる人ももういない。

もうこのまま、雨に打たれて病にでもなって死んでしまえればいいけど、でもそんなに待てないや。
ゆっくりかんざしを引き抜こうとしたその時。



降り続いていた雨が止んで、雲間から少しだけ光が差した。
そして少しずつその光はあたりを照らし、濡れたあたしの体を徐々に暖め始める。

空に気をとられていたら、横から手拭いが飛んできた。
何も言わず、少し怒ったような顔で先ほどの女郎が投げつけてきたらしい。
顔面で受け止めてしまう。



あーもう!
なんてこんなに自分の思い通りにはいかないんだろう。それは雨が降ったり晴れたりするのと同じくらい。
生きようとすれば辛いことばかり。
死のうとすれば邪魔される。
泣きたくなんかないのに、こぼれてくる涙は止まってくれない。
「どうしたらいいの…?」


…不意にあたしの髪を撫でる感触がして。
声がした。

『笑いなんし』

驚いて振り返っても誰もいない。
でも今のは確かに姉さんの声で。
…そして抱き締められたような温もり。

『ほんにお清はしようのない子でありんすなあ


そしてその声が消えるのと同じくらいに、その気配は消えちゃった。

…今の、幻なんかじゃないよね?
涙はひかなかったけど、それでもあたしの心に灯りが点った。小さいけど、本当に暖かくて、きれいな光。


姉さん、心配かけてごめんなさい。
もう泣かないよ。
姉さんがそっちでも笑っていられるように、あたしはもっと強くなる。
姉さんが笑ってくれたように、
あたしも周りに笑ってあげる。


だって、お清は姉さんの妹分だもの。
吉原の暗い霧を吹き飛ばすくらい、わけないはずでしょ?
絶対に絶対に。
あたしらしいままで、吉原で生き抜いて見せるから。

だからちょっとだけ、見守っていてね。

(続)