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八子のブログ(旧館)

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 この間忙しいので、あまりブログを更新しなかった、そろそろ期末試験だからね。。
 
 前の記事で、国語試験について、詳しく紹介した、今回、中に出て来たよく話題になった作文について、紹介したいと思う。
 作文は何故話題になるか、理由は簡単だ、前も言ったので、ここで省略する。
 自分の記憶によると、作文テーマは話題になったのは2001年からだ。あの時、作文の内容は:http://bit.ly/mqifOv だった、話題作文と呼ばれた、つまり物語や記事を読んで、作文を書くということ。
 作文の要求は:『若い人は人生長い道に歩いて行く、ある渡り場に到着した時、もう七つの袋を持っている:美貌、お金、栄誉、誠信、機敏、健康、才学(才能と学問)。船が出発した時、海は落ち着いたが、しばらく大きな波が来て、危なくなった。船頭は若い人に「船が小さいので、お客さんの荷物が重いから、一つ捨てて」を言った。若い人は迷って、考えた後、「誠信」を捨てた。「誠信」が捨てられた、あんたはどう思う?「誠信」を話題として作文を書いて下さい』
 当時、ある試験を受けた学生『三国演義』の物語を基づいて、古典の文を書いた→http://bit.ly/lGvhB6 満点を取った。これはかなり驚くべきなことだった、受験生だけじゃなくて、多くの注目を引いた。
 何故人々はこの作文に関心を持っているか、原因はいくつがある。一つはこれは新しい作文の形である、以前の作文のテーマ、タイトルは大体決められて、学生の自由は少ない、でも2001年の作文は新しい形だった、素晴らしい作品も出て来た、皆は凄く興味を持っていた。社会的な原因は中国特色社会主義市場経済の進みによって、いろんな問題が表した、例えば「誠信失った」、この問題をテーマとして、学生たち社会への関心をチェックする一方で、社会全体も反省すべきという観点を伝えるんだ。
 この後、面白い作文テーマが次々と出た。例えば「もし記憶が移植できるなら」、この作文は社会関心だけじゃなくて、想像力と科学知識が必要だと表した。「星空を仰ぎ見る」というテーマも人気だった、理想と現実、想像と創造、いろんな論点がある。
 だが、紙一重、自由は話題作文の長所であるが、短所だった、あまり自由で、点数をつける先生にとって、難しいんだ、だから改革が必要。その後作文テーマは「新話題作文」になった、保守化になったと思う、だから満点の作文がどんどん少なくなったし、とても優秀な作文も少なくなる。だが、人々まだ作文に興味があるし、毎年作文テーマを関心する。
 最後に、過去の作文テーマをちょっと翻訳してみる。(ソース:http://bit.ly/iigDSH)
1977年 「私はこの戦闘的な一年に」(北京市)
1978年 「速度は政治的な問題である」この文章は500から600文字までの作文を要約する。
1979年 「二度と試験を受けた」この文章を「陳伊玲のストーリ」へ書き換える。
1980年 「卵を描く」の感想文
1981年 「樹を壊しやすいが、育てにくい」の感想文
1982年 「天下のことについて世の人に先んじて憂え、遅れて楽しむ」(議論文だけ)
1983年 漫画を読む、作文を書く(要求:300文字の説明と800文字の議論)
1984年  ある学生はよく「作文が書くときに、何か書こうか分からない、だから空論を書いて、材料を作った」と言った、ある先生は「学生たちの作文、私は丁寧に改正したが、学生は点数だけ見てる、自分の作文に出た問題などあまり注意しない、だから進歩が遅い」と言った。このような話を見て、自分の現状と周りの状況を観察して、学生の作文を中心に、800文字の議論文を書いてください。タイトルは自由に。
1985年 「澄溪中学生学生会」の名として、『光明日報』の編集部に手紙を書いてください。状況と理由を言う、化学工場廃水排出と有害気体の解決を呼びかける
1986年 作文テーマ『樹 森 気候』をテーマとして、現実生活から有意義の話題を選んで、自分の意見を書いてください。
(続く)
(これは日本文学作品という授業の宿題だ。皆さんの意見も知りたいから、記事として書き込んだ。では、是非ご意見を)
私は大庭葉蔵が嫌い、いや、むしろこのような人間に苦手だ、繊細、暗い、頼りできない男。『人間失格』この本に対しても、決して好きじゃない、最初はただ作者の人生に興味があるから、この作品を選んだ。好きじゃない理由は多分人生観が違うんだ。
作者にもこのような自分は嫌いだろう。『人間失格』は私小説だといわれるから、作者の視点、つまり『はじめに』で大庭葉蔵に対しての描写を見れば、よく分かる。『はじめに』の所で、作者はひどい言葉を使った、例えば「いや」「猿」「気味悪い」「死相」などなど、自分の化身である大庭葉蔵に遠慮なく批判した。だけど、作品の中で、他人の口から「神様みたいないい子」という評価がある。
おそらく、人間そのもの本質は矛盾であること。作者もこれを分かっている。だから出て来た人物、いいところがある一方、醜いところも隠せず書かれた、誰でも多少に共感を感じた。
葉蔵の性格は一言と言えば、やはり矛盾だ。理想的であり、いつも現実に頭が下がる。繊細であり、時々無関心な態度を表す。弱虫であり、狂人であり。愛情を求めるが、女に対して遠慮している。沢山の女に愛されるが、心が寂しい。人間に怖いが、人間に近づきたい。
この人、本当の愛は何か、全然分からない、もちろんこれは彼のせいじゃない。幼少時、家庭のせいで、性格は不健全、青年時代、悪い影響を受けって、ますます人生の道が歪んでいる。この人、ただ女の子の身から暖かさを感じたい、足りないところを探そうと思って、近づくと、またがっかりして、自我嫌いの泥沼に堕ちた。
このような鋭い、敏感な感覚を持って人、他人の目つきを見て生きている人生、悲劇に違いない。
専門家は太宰治は一つの暗流だという。私もそう思っている、川の下で、こっそりこっそりと、流れ行く。誰でも気付いてない、ある日、何かのきっかけで、無視できないブームになっちゃった。
 人間の資格一体なんだろう。作者は直接言わないが、勝手に想像して、結論は喜怒哀楽な人生を送って、不幸であろうか、幸福であろうか、人生はそれぞれ。このようなものを確実感じて、それこそ人間だ。
 一昨日書いた記事の中で少し大学入学試験について、説明した。ちょっと大雑把だから、今日国語の試験について詳しく紹介したいと思う。
 国語の点数は大体150点ぐらい、私の出身地江蘇省はちょっと違って、200点で、中に40点は教科書以外の問題だ。以下は2011年江蘇省国語の試験問題について、紹介する。
「ソース:http://roll.sohu.com/20110607/n309513931.shtml」
 国語の問題は二つ分類がある、選択問題と回答問題。選択問題は大体漢字、四字熟語の使い方など、文法関連の問題も出る。私受験した時五六個ぐらいだったが、2011年の試験から見て、大分変わった。読み方の問題がない、漢字の書き方もない、でもまとめの問題がある。これはいいと思う、学生の考えると総括の能力をチェックした。最近国語を活用するため、あるシーンをあげて、実際に文を作る問題が多くなって、これも進歩だと思う。基礎知識は私受験した時随分減らした、これはよいことかよくないことかな。。
 その後は古典の問題だ。古典の問題なら、選択と回答両方がある、選択は大体単語の意味を確認して、回答問題は内容の理解。このような問題を解決したいなら、普段教科書の中に出て来た古典文法や注釈が覚えるべきだ。詞や詩歌の問題も出るそう、ここで文学常識や表現方法についての質問が多い、例えば「何故○○この字を使うの、何か素晴らしいところがあるか」「この風景はどういうふうに描写されたか」「この詩歌を読んで、詩人のどうな感情が感じるか」などなど、難しいみたいが、実際固定された言い方がある。五回試験を受けて、大体分かるだろう。
 後、教科書の名作を暗記して書く質問もある。それが終わった後、読解の部分を入る。読解は現代作品の理解、分析だ、例えば「この文は文章の中でどうな役に立つか」「この文は如何な表現方法を使うの」「この文章を読んで、何か得たの」「この単語は作者どうな気持ちを表したか、どうな深い意味が持っているの」などなど。
 最後に、作文だ。江蘇省の作文は70点で、殆ど半分を占める、他の省にも同じだ、半分だから、作文は凄く重要だと思われるが、実は差が一番小さい部分だ。前言った回答問題の場合、ポイントがあるから、キーワードを言及すれば、直ぐ点数をもらう。だが、作文は基準がない、しかも受験生の数があまり多い、(2011年の受験生は933万)一々丁寧に作文を読むことができない、もし満点作文と点数が非常に低い作文出たら、もう一度やり直す必要がある、だから先生は適当に点数をあげて、これは一番めんどくさくないやり方だ。その結果、国語の部分、点数の差があまり大きくない。
 でも作文は最も注目されるものだと思う。毎年どうなテーマが出すのか、受験生じゃなくて、マスコミにも高い関心を持っている、なぜかと言うと、原因はいろいろある。例えば、この一年早い社会問題はなんだろう、学生感心する問題はなんだ、流行語はどれか。人々はテーマを分析し、社会現象が覗かれていると思って、熱い討論が行っている。
 じゃ今年の作文、マスコミは如何な観点を持っているか、人々はどう思うのか。次の記事で紹介したいと思う、ではまた今回。
 今日から三日間、中国で大学入学試験が行っている。国語、数学、英語は必修科目で、理系と文系によって、受験科目が違う。理系の科目は物理、生物、化学だ、文型の科目は政治、歴史、地理だ。統一の受験だといっても、省と省の間で、ルールは違う。科目、点数も同じではない。
 私は江蘇省出身、08年の受験生だった。文系だから、国語は200点、数学は160点(理系の場合、数学は200点)、英語120点。国語の200点の中で、160点は教科書の内容で、40点は古典作品や答えが固定されない問題だ。必修科目を除いて、政治、歴史、地理から二つ選んで、必修科目が終わったら、試験を受ける。A、B、C、D、Eこの五つのレブルがつける。そのほか、高校二年生の時すでに受験した。点数がない6科目、一つの科目が不合格なら、大学入学試験を受ける資格がない。普通の大学ならC以上なら大丈夫が、北京大学などいい大学、全部Aが必要だ。
 他の省なら、ルールは江蘇省と比べてちょっと簡単だ。必修科目+一つの選択科目というやり方がある、他の科目の問題は、一つの試験用紙で出す。二つや三つの分野で問題を出ることが多い。
 また、各省は試験問題を出す資格があるとは言えない。私知る限り、江蘇省、浙江省、上海、山東省などの省は自分の試験問題が出るが、他の省は全部「全国巻」(つまり全国でも通用できる試験用紙)を使っている。
 大体二ヶ月以後、結果発表だ。各省内で、全体の成績によって、標準を作った、いろんな標準を達する場合、志望大学を申し込むことができる。受験生は自分の点数を従って、大学以前の採用基準を参考し、志望大学を申し込む。その後、大学は基準を公表し、学生を採用する。

 時間がないので、今日は急いで大雑把に説明して、終わりましょう。
 明日は国語の試験について、詳しい説明するつもりだ。
 では、また今回を。
「時が滲む朝」先日読み終わった。今日のうちに感想を書きたい。

 この小説は芥川賞をもらった理由として、文学的な原因じゃなくて、敏感的な政治事件を含めていると在日中国人書いた小説だからこそ注目されていると思う。
 小説の中で、言い方は中国語っぽい、正直に言えば、あまり上手ではないと思う。多分わたしはこのような話を言って、可笑しいけど、小説の中で、出てきた中国語の喩え、詩歌、日本人は本当に分かるか。例えば「東の空はすでに魚の腹ように白くなって」この文、確かこれは中国語でよく使う喩え「东方的天已经变成了鱼肚白」、でも日本人はこれを読んで、きっと分からないだろう。このような言い方、本文の中でいっぱいある。もちろん母語じゃない人にとって、これは避けられない問題だが、選考委員はもっと考えるべきだと思う。文学の前に誰でも平等だったはず。
 そして、話題になったのは天安門事件だ。この小説の宣伝文は「中国民主化勢力の青春と挫折」、表紙にも天安門の写真を書いた。だが、天安門事件はただ背景として書かれた、これはちょっとがっかりした。せっかく中国人の身分でこの事件を書いたのに。この本のテーマ、自分は「成長と変化」だと思う。主人公はどんどん成長し、彼の考え方もどんどん変わった。
 天安門事件に対して、あまり詳しくない。あの時まだ生まれなかった、以前歴史授業の先生はこれをちょっと話したんだ、国情のせいで、全部言うわけがない。小さい頃、ある親類は軍人だった、天安門に行って鎮圧したことがあったと言った記憶があったが、去年の時、もう一度この問題を聞いたが、言わないと返事した、残念だった。今の社会、情報が沢山ある、どちが正しいか、正しくないか全然分からない、これを経験した人に直接聞いたいが、駄目みたいだ、残念でならない。
 この事件に対して、いいか悪いかと話したくないが、学生たちきっと悪意を持っていない、きっとこの国のことを考えていたはず。どんな時でも学生は一番熱血で、愛国心が強い人だ。この人々悲劇的な壮挙に、尊敬している。
 作品から見て、作者は民主主義がいいと思う一方、いろんな現実的な問題があると指摘した。これは作品一番いい所だ、読者も多少に考えさせる。例えば、民主活動は反対するために反対するという悪循環に堕ちる、盲目反中、これは実の愛国心じゃない。例えば、なぜ一般人は民主活動に対して、不関心な態度を持っている。
 この数年、中国の経済が発展してるが、民主、教育、民生本当にいろんな問題がある。経済を発展した後、民主を促進するという人が多いが、どんどん批判する声が聞こえる。現在中国のマイクロブログにも、選挙に出る有名人がいっぱいいる、これは以前想像さえしないことだ。随分進歩した、だが彼らも小説と同じようにひどい目にあうだろうと心配している。中国の民主化は決して容易な道ではない。
 今日は6月4日、一体22年前、この事件は歴史上にどうな評判が持っているか、私は知らない、知っているのはこの事件に対して思いは薄いかも、忘れられない。この本の後、もっと本が出てくるはず、真実もますます現れている。