(※デザイン幅にこだわらずに投稿)

 

 

整理した方がいいね。

嫌だと思っているところ。

 

自分の意思に反して時間・労力(時には費用も)を提供させられる

それらを

「参加するのは当たり前」

「無償なのも当たり前」

「気づかいするのも当たり前」

 

役に当たっている人には一定の責任が生じる

それ自体を完全に否定するものではないが、

その役をどういう切っ掛けからであれ、

引き受けてくれているということ自体で

素晴らしいし大変有難いという事実を

ことごとく「当たり前だ」と決めつけられる無神経さ

 

任意であるはずの募金が

目標額を設定されて、かつ、

顔見知り程度ではあるものの近隣に住む班長さんが

少ない時間の合間を縫ってお願いに訪ねてくる。

そんな相手に

「ウチはどんな募金もしないことにしてるんです~」

なんて

ハッキリは言いにくいという心理を利用した集金システムに加担するのを

時には柔らかい笑顔で、

時にはそれが当たり前というような真顔で

さりげなく、かつ、当然のように押し付けられ

タダ働きをさせる募金主体の悪業。

 

町会費と交通安全共済は仕方ないにせよ、

町会長は(自治体から行政事務連絡業務委託費を貰っているから)まだしも、

それを割り振られた各組長さんや班長さんは

基本、まるっきりに限りなく近いタダ働きですわ。

これも、ずっとモヤモヤしとる。

 

社協、赤十字、羽根募金シリーズ2種…。

これらの団体の皆様、

時間を使わせて、自分達の代わりに募金活動をしてくれている皆様へ

どんな報酬をお渡ししてますか?

少なくとも、ワタシは頂戴した記憶がありませんよ、

赤または緑色に塗られた何かの鳥の羽や花の種以外は。

例えば、それを街頭で配る仕事、なんてことになれば、

ここ青森県ならば、

1時間当たり900円のお金を支払わなければならないのですが、

そのあたりのことをどのようにお考えなのかなぁ、と、

うん、まずネットで調べてみましょ。

あれこれ掘り下げるのは、それからでもいい。

 

あと、

町会と関わりを持たなければ生活が立ち行かなかった

日中戦争あたりから

現在まで生き残っている皆様の中に生きてるのは

その当時から引きずっている「押しつけ感覚」。

 

現在の町会は

当時と比較すれば、全くの別物。

ゆるゆるでふわふわな組織のはずなんです。

入るも出るも自由。

それに何といっても子供世代や若い世代の住民が少ない。

なので、昔のように

大規模な行事を昔と同じように毎年開催するのは不可能。

人手が足りない。

しかし、現在の大人には自由になる時間が足りない。

子供達も習い事やら何やらで、結構忙しいし、

昔の子供とは

興味や関心の向かっている方向が全く変わってしまった。

 

そりゃそうでしょう?

電話だって、昔は磁石につながっているレバーを回して

電話交換手さんを呼び出し、先方の番声を口頭で伝えて

通話を繋いで貰っていた昭和の初め頃。

現在は、どうでしょう? スマートフォンが当たり前。

 

これだけの長い時間が経って

ここまでも現実生活が変化してしまっていたら、

人の価値観も少しずつ変化してしまうだろうことは

容易に考えられる話ではないでしょうかね。

 

こんな時代に、

60~70年以上も昔の価値観・視点・感覚で

デカい声を張り上げたところで

それは大した影響を与えません。

私達は、もっと先を見なくちゃならない。

少子高齢化と、その先に見え隠れし始めた「自治体消滅」を。

 

自治体を構成する住民全体の数が減り、

特に高齢者の増加/若い女性や若者の減少/子供の減少は

現在の想定以上に減少する可能性が否定できないらしい。

…となると、

自治体を運営できるだけの財務力の維持が厳しくなり、

それに耐えられない自治体から倒れて

やがて消滅していく

…というような予測だったかと記憶しています。

 

勤務している老人ホームでは、

毎日、職場で目にしている日常風景が、

まさにそれにそっくりです。

平均年齢80代くらいの入所者90人程度のところに、

休みを取る職員の多い日などは

平均年齢45歳ほどの日勤職員の数が10人いるかないかという状態。

 

ベッドから起きる

ベッドから車椅子に移乗する

車椅子で移動する

食事を準備してもらう・食事を口まで運んでもらう

食器を片付けてもらう

トイレへ連れて行ってもらう

浴室まで連れて行ってもらう・洗ってもらう・拭いてもらう

着替えを予め準備しておいてもらう

 

― これらのことを全て職員に手助けしてもらうことで

 生活できている人もいます

 

ご本人。、意識がシッカリしている人と、あまりシッカリしていない人

割合は半々くらいかな、と想像。

 

 自宅へ帰りたい

 帰っても誰もいない

 買物にも行けないし、食事の支度もできない

 お風呂にも入れない 冬場の灯油の買い物はどうしよう

 近所の仲の良い友達は亡くなってしまった

 子供達は別なところに家を建てて暮らしてる。

 だから、私が家に帰ったって、どうにもならないことはわかってる。

 でも、家に帰りたいなぁ。

 私はいつまでここに居ればいいんだろう?

 もう、飽きたよ。

 

これは92歳の女性がつぶやいていた言葉をまとめたものなのですが、

年齢が進んでくると、

「不可能の無限ループ」な話が必ずついて回ります。

そして、「xxxしたいのよ」という元々の気持ちは、まず曲げません。

良くも悪くも頑固です。

まあ、この例は極端な例かも知れないけれど、

町会にクレームと共に突破攻撃をしてくるオッサン&オバサンの皆様も

自分の中に勝手な思い込みをベースにした思いがあって、

「それは間違っている」と丁寧に説明しても、

絶対に自分の非を認めない。

「最後の最後の部分まで、

 論理と証拠を示しつつ突き詰めて説得することで納得する」か

もしくは、捨て台詞を残して

「もういい、帰る」というパターンがほとんどです。

 

今年度の役員には

その行動パターンに当てはまりそうな方が3名ほど。

さて、どうなることやら…。

 

 

今回の記事の書き出し。

暗い/思い/嫌気

こんな雰囲気で始まりましたが、

進んでいくうちに柔らかくなってきました。

多分、作業中にヘッドフォンで聞いていた音楽のせいです。

 

黙々とする作業の時には

何かしら音楽が流れてます。

 

ここ数回の記事には音楽動画を貼り付けていますが、

どれも作業中に流して聴いているものの一部です。

ジャンルがバラバラなのはご容赦。m(_ _)m

 


 

 

今日、2024年度班長としての「お役目」が届きました。

配布チラシが6種、回覧が5種、

さらに町会の集金と緑の募金。

 

のっけからてんこ盛り。滝汗

 

だから、明日に回す~♪ウインク

 

へば。バイバイ

 

 
 
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