・・・の「ねこ」じゃなくて、根本という意味の「ねっこ」です。

 

ワタシ達の生活に絡みついてくる「町内会」という

よくワケのわからない団体って

もともと、どういうことで始まったのか、

どういう役割を担ってきたのか、

国立公文書館 アジア歴史資料センターのサイトに

この件に関する記述があったので、目を通してみました。

 

その部分を、かなり大雑把に要約。

ここから。↓

 

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近世の「五人組」などを原型とした「町・村」のグループが整備強化されたのは、日中戦争以降。

村に部落会、町に町内会をつくり、その下に隣組を置くことが決定。

その目的は、住民を団結させて「万民翼賛」を図り、国策を透徹し、経済統制をしやすくすること。

 

隣組は1組10世帯程度でつくられ、回覧板と常会を通じて日々の生活に関わった。

常会は住民協議の場だったが、戦時下の住民教育や指導をする場として着目される。

1941(昭和16)年11月から常会は全国で定例化。

「防空座右銘」のもとに町内の一致団結がはかられ、爆撃の際は消火につとめるように求められた。

 

また、町内会は生活品をコントロール。

1940(昭和15)年から砂糖とマッチが統制、購買票の入手について、「町会ヲ経ルコト」と示している。配給品は生活に不可欠だったため、町内会からの逸脱は死活問題だった。

 

町内会には「防諜」という役割も。 日常的なやりとりにまで監視や統制が及ぶようになり、町内会は個人生活に深く入り込む。

その後、町内会は大政翼賛会の下に置かれ、町内会や部落会、隣組に世話人を置くことになる。

世話人は大政翼賛会の支部長の推薦で決まり、全国民的な戦争協力への指導が徹底される。

行政的にも、1943(昭和18)年に地方制度が全面改正され、町内会・部落会は末端の補助機関として位置づけられる。

 

戦後、戦争を草の根的に支えたとして、占領軍が町内会活動を禁止。

1947(昭和22)年に町内会・部落会は廃止されたが、実際は、名称を変えるなど形を変えて生き続けた。

例えば、東京都では、防犯・防火を名目とした組織が許されたため、町内会の一部を引き継ぐことができた。

そして、1952(昭和27)年4月、対日講和条約の発効によりこの禁止も解かれ、町内会は地域組織として復活。

 

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ここまで↑

 

 

なるほど、いろいろと強制してくる年配の方々は、

この方法論が当たり前という感覚でやってきているから、

任意(=強制しない/強制されない)団体という感覚と相容れないのは

ある意味、当然といえば当然かも知れないなぁ。

時折ニュースに流れる、

日本国内での政治的問題に対するデモ活動やらのニュースで

それなりのご高齢の参加者さんの目立つのは

このあたりのことも無関係ではなさそうな気がします。

 

が、何度も言うけれど

町会や自治会は任意団体。

行政ではありませぬ。

 

行政の一部に成り上がったように勘違いして

町会の方々にアレコレと強制してみたり、

勝手に都合のいい解釈をして町会費を使って酒盛りをやってみたり…

こういう論外な三役達がいる町会があると思えば、

モンスター老害や自分のことだけ100%優先な新人類に

ただただ振り回されている町会もあり…

 

♪やりたいこと~、やったモン勝ち~、青春なら~♪

 

なんていう歌詞の曲もあるけれど、

なんだろうなぁ、

民度が下がっているというか何というか…。

まぁ、住民の高齢化が

間違いなく原因の一つだと自分は強く感じてますが、

いつでも、どんな状況でも

丁寧に時間をかけて相手の気持ちに寄り添った対応をするのは…

不可能です。

こちらにも都合がある。仕事もしている。自分の家庭がある。生活がある。

 

 

自分、介護施設で働いているのだけれど、

入所者さん、何か頼みたいときにはナースコールを押してくれれば

国家資格(介護福祉士/看護師)を持った職員が来て対応できるのだけれど、

それを待てなくて、

そういう資格のないワタシらのようなケアスタッフ(介護補助員)に

いきなり声をかけてきて、ワタシらでは対応してはいけない要望を

平然と頼んでくる。

自分では対応できないから、対応できる者を呼んでくるので少し待って欲しいというと

おまえがやれ、早くやれ、どうしてできないんだ、などとキレる利用者もいる。

自分はそれでも絶対に対応しません。

利用者が転倒したり、落下でもしたりして、それが原因で寝たきりにでもなったものなら

本当にとんでもないことになる。

それで、

「ゴメンねー。もう少しすれば係りの人が来ると思うから待ってて。よろしく~」

、と声掛けをして、そのまま待ってもらってます。

それでも、毎日のように要求してくるんだわ、その利用者さん。

本当に困りものです。

 

上記のように、ある程度の高齢になって

「相手側の状況は一切無視、自分の感情最優先」という状態になってしまう方は

少なからずいます。

マトモに相手をするだけ、時間のムダです。

最近、新聞やテレビで「3分でマイクを切った」問題が賑やかですが、

人によっては、黙っていると4時間も自分語りが止まらないという方もいます。

(※ワタシの経験談。我が家に凸してきた老害おじいさん)

 

たくさん話したい気持ちもわかります。

自分の言葉を全く遮らないで耳を傾け続けてくれる人の存在って

本当に貴重ですもんね。

だからと言って、相手を自分の傾聴奴隷にしてしまってはダメです。

この経験からワタシは、

「お相手の相談に乗るのは最長で60分、通常は10分以内」と決めました。

かつ、

「自分の役割に含まれないことには一切対応しない」ことにしました。

至極、事務的に行きます。そうしないと、全くキリがない。

 
 
日曜日には新年度の第1回役員会。
どうなることやら。
 
会議の場で
「今、この瞬間をもって町会の事務局長を辞します。」って
宣言したら気持ちいいだろうなぁ…
 
っていうより
心配のほうが先に立ちそう。
 
老婆心のカタマリか、自分は。(爆)
 
 
へば、おやすみ。バイバイ
 
 
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