日曜日の夜に、24時間テレビを見てました。
難病と戦う家族のドキュメントを見たので、感想ではなく、覚書程度に残しておきたいので、ブログにします。
その家族は、以前は4人家族で暮らしていました。
今は、3人で暮らしています。
長男を10歳で亡くしました。
長男は、骨髄移植をしなければ生きていけない難病にかかってしまったのです。
長男は、骨髄移植をするドナーが見つかる事なく、この世を去ってしまいます。
次男は、その時はまだ何不自由なく暮らしていました。
ある日、両親が病院の先生から、次男も長男と同じ病気にかかっている事を知らされます。
両親は、次男にはその事は告げずにドナーをさがします。
次男には無事にドナーが見つかります。
ここまでが前置きで、ここからがドキュメントです。
母親が、いよいよ次男に病気のことを告げます。
次男が、ボロボロと涙を出しながら、何も言えなくなります。
母親が、お兄ちゃんの分も生きるんだよねって問いかけると、うなずく次男。
骨髄移植は、無事に成功しましたが、合併症との戦いに苦しみます。
骨髄移植から2ヶ月がたったある日、野球で北京オリンピック出場を決めたばかりの上原投手と出会います。
次男は、いつかキャッチボールをしようと上原投手と約束します。
2008年、上原投手は先発で勝ち星に恵まれず、それでも星野監督からオリンピック代表に選ばれます。
2008年7月、次男は元気な姿を上原投手に見せ、8月27日に東京ドームでキャッチボールをすることを約束します。
8月27日、いよいよキャッチボールの日、スタッフから次男がボールをキャッチできない事を知らされますが、次男は、必死で上原投手のボールをキャッチし、周囲を驚かせます。
次男は、その日、東京ドームでの始球式のマウンドに立ちました。
隣には上原投手がいます。
その日は、上原投手の先発だったのです。
客席で次男が見守る中、上原投手が2008年の初勝利を飾りました。
これを読んだ皆さんは、どう感じましたか?
私の感じたことを載せると、このブログの質が落ちそうなので、ここで終わりにします。
いつか、このブログを読み返した時にまた、泣けることでしょう。
昨年の10月にも、ムコ多糖症の記事を載せましたが、それを超えるドキュメントでした。