若い時にこの精神的な病になった


辛かった


普通の人のようにできないことが

何より辛かった


そのことを隠しながら生きていることも辛かったんだろうなと今なら思う


この病になって今まで当たり前にできていたことも怖いと思うようになった



だから隠す、我慢するでやり過ごしていた



私がこの病になった意味とは不安を感じるため(不安はあっていいなくさない)だと当時向き合った後にはそう思っていた


今更に時が経ち思うことは、あの時もしも私が苦手なことを周りに伝え続け合わせてもらい無理せず過ごしていたのならまた違った未来があったのでは?と思ったりする

それをし続けることで、本当の自分を出してもわたしは私でいていいのだと思えたんじゃないかということ


それを伝えるための病気だったのでは?と思う


物事に意味なんてない

たまたま


それも正しい

もし意味があるとしたらこんな理由かなぁって思う


でもあの頃のわたしはその行動をし続けるほどの心は持ち合わせていなかった

だから無理だったとはわかるけど、もし行動していたらと今日はふと考えてしまった



今、ようやくそういう行動ができるようになり自分の中に安心感が広がってきた


だからこそ悔やまれる



でもまぁ仕方ないよな


中々自分の思考の癖には気づかないもんね

私も何年も何年も経ってようやくわかってきたからなぁ


なんかよく分からない文章になったけど

おしまい看板持ち