【映画】空気人形 | 最強の作家への飛翔

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本と映画と作業日誌

ある言葉に出会って考え方ががらりと変わってしまうことが度々あるのだが、最近ではスーザン・ソンタグの文章がそうだった。


『二度読む価値のない本は、読む価値はありません。(ちなみに、これは映画についても言えることです)。』


この文章を読んで、今まで自分はなんて読む価値のない本を読んできたんだ、と衝撃を受けた。『聴くだけでみるみるお金持ちになれる本(CD付)』みたいな本を、大量に嬉々として買っていた時期があったが、本気でムダだった…。


ソンタグ氏のありがたいお言葉に出会ってからは、読む本を慎重に選ぶようになった。ただ、映画の場合は、二度観るものしか観ないなんて決めてると観られる作品がほとんどなくなるので(特に新作の場合)、まだまだ適当に選んでいる。


『空気人形』は人形が人間の心を持つ、というお話である。人形が心を持つ話といえば、あのピクサー映画の名作『トイストーリー』を思い浮かべてしまう。

ただ、『空気人形』を日本版『トイストーリー』と呼ぶわけにはいかないのだった。なぜなら主人公がダッチワイフだからだ。ピクサーがいかにも映画にしなそうな設定である。


『トイストーリー』のおもちゃたちは、人間に使われなくなって捨てられることに恐れを抱いている。それに対し『空気人形』のダッチワイフは、人間に使われることに不満を抱いている。私はしょせん、性欲処理の代用品よ…と。


ダッチワイフの持ち主役の板尾創路が、無言の心を持ったダッチワイフに「星がきれいやなあ」「お前かて綺麗や」「星に嫉妬してどないすねん」とか話しかけたりしているので、一歩間違えればコントになってしまいそうな設定である。


にもかかわらず、単なるお笑い映画にもポルノ映画にもならずに、絶妙な感じに仕上がっているのであった。後半になると話がどんどん変な方向に進んでいき、「なんじゃこりゃ」とつぶやかずにいられなくなり、この映画が面白いとは自信を持って言えないのだが、思わず惹き付けられてしまうシーンがいくつもあったのは確かだ。ただ、二回観たい映画かというと…。


それはそうと、人形のように美しい、というホメ言葉がよくあるが、人形の種類によって意味がまったく変わってくるよなあ、とこの映画を観て思った。