三人でそれぞれお同じテーマについて書く、『三人寄れば文殊超え』企画第12回です![]()
本日のテーマは『成人式』です。
友人二人も同じテーマで書いている、はずです…。
ぬめんちょ氏のブログ→ぬめんちょ君、かく語りき
抹茶氏のブログ→抹茶風呂ぐ、お茶の子さいさい
『成人式』
成人式で新成人が暴れたなんてことが、毎年ニュースになる。
僕に言わせればそんなことが起こるのは当たり前である。
僕は3月生まれだ。
成人式は1月にあったから、19歳のときに行った。
するとどうなるか?
偉い人の演説で
「君たちはもう20歳になり大人の仲間入りをしたのだから、うんぬんかんぬん」
みたいな話を聞いても、
「いや、オレまだ19歳だし…」
と思ってしまい、まったく話に集中できないし、感動もできなかった。
「オレ19歳だし…。成人じゃないし…」
早生まれの人間は、成人式中にこのような苦しみを味わう。
その怒りが爆発して、毎年あのように若者が暴れだすのである。
暴れている人は全員早生まれなのである。
簡単な解決策が一つある。
成人式を4月1日とか4月2日に開催すればいいのだ。
みんな20歳になってからやろうや。
オバマ大統領が開催日時をチェンジしてくれることを祈る。
さて、成人式に行って多くの人が思うのが
「なんか成人になったって実感ねえなあ…」
ということである。
それは、儀式が足りないからだと思う。
ある国では成人になった若者がバンジージャンプをして、勇気を示すという。
日本でもそのような儀式をやったほうがいいと思う。
僕は、参加者全員の髪型を坊主にしたほうがいいと思う。
男も女もだ。
もちろん強制参加だ。
こんなことを書くと、まるで坊主が罰ゲームみたいで、坊主頭の人に失礼だが(先日、自主的に坊主になった友人も一人いることだし…)、まあマイノリティという意味で捉えてほしい。
つまり、ほとんどの人は、別に坊主になりたくい。
それでも坊主にさせられる。
このことにより、世の中の『不条理』さを学んでほしい。
大人たちはみんな言う。
人生は不条理だと。
チャームポイントじゃない場所に、ほくろができてしまうこともある。
思い通りになんかならないと。
それでもやっていかなければならない。
みんな坊主になれば、きっと大人の第一歩だ。
ただし、この儀式には一つだけ問題がある。
もともと坊主の人は儀式に参加しなくていいということだ。
坊主の人はそのまま普通どおり生活を送れる。
これに対してズルいと思う方も出てくるかもしれない。
しかし、その不条理さもまた、成人になるためには必要なのである。