8月は二回あると。つまり、8月は61日間あり、いきなり10月に入る、そんなイメージで考えています。


だってそうでしょう、真夏は危険だから休みにして、北海道での仕事してきて、そろそろいいかと帰ってきてみては、


早速クーラーつけて寝て、仕事は空調服来て行くと。これって真夏と変わらんのですよ。


だったら二度ある8月中は北海道です!もう、そんなに無理しても仕方がない年齢でもあるし、仕事仕事で生きていてはつまらないでしょう。


先の事は考えない、今を生きよう?と、言葉ではカッコいいですが、そんなこと言ってられません。



事務所をより快適に、集中出きるように整理整頓、配置も変えて、たてました来季の事業計画。


ここだけの話、定期管理を止めて、春と秋からの剪定だけの専門にして、夏はがっつり北海道行こうかと。


計画だけは出来ました。後は実行するだけと、家族の理解承諾。


そうそう、冬は変わらず奥只見のお仕事行きますが、奥只見は12月と3月21日~ゴールデンウイークまで。

1月、2月はいるわけで、


そんな働き方を企んでいるひとりでにわしです。


ありがとうございます。

さて、雨ともなれば現場は中止になって、事実上”お休み”となるわけです。

急に時間ができたとき何をするか?

これが一番重要でございまして、私はというと、主に映画に行きます。

 

この間ようやく【国宝】をみることができで、感動しております。

これはもうプレミアムシートで、ゆっくり観ようと贅沢をしてきました。

集中するため私はポップ&コークは食べません。

 

タイトルにもあるように、【映画を最も楽しく観る】

それには、まず映画を観ます。そのあと、本屋に行って、原作を買うんです。それを読み込んで、もう一度、または二度映画を見て深堀する。

 

 

そうすることによって、言わんとすること、更には気が付かなかったことや、自分なりの解釈が豊かになって、より映画を楽しむことができる。

 

なので、映画というものは最低2回は観るものです。

一回見たぐらいでは、待ってはくれない映像は過ぎ去っていく。本である程度の内容を把握し、また原作と映画との違いなども楽しみの一つ。

 

 

本を先に読んではいけません。もちろん、先に読んでいて知っている物語が、映画になるという楽しみもあります。しかし、多くの場合、がっかりすることが多く、映画が先だとそれが楽しめるということでございます。

 

人それぞれなので強制するつもりはありませんが、私はこのように観ることが最も映画を楽しめるもの。と捉えております。

 

さて、こうして面白いと思った映画は、本と絡めて二度、三度と観る。

最近こうして何度も観る映画がなかったので、とても楽しい!!

 

国宝は横須賀では25日までなので、何とかもう一度観に行きたいと思います。

今週は鬼滅の刃も始まるし、そうこうしている間に、私は北海道に仕事で行ってしまう。

 

やりたいことがありすぎて、いつもタスクが一杯で時間も足りない。いったいどうすればいいのか?こうして雨が降れば休めるという環境を見直そうと、こうしてブログを書いております。

 

やはり隙間というものは大事ですな。

仕事を入れすぎる自身の責任ですが、【ミステリと言うなかれ】で人は弱いもの、修正が必要だと。カスセリングを勧めるシーンが出てきますが、私はこれを休むこと、と思った。

 

ユダヤ人はシャバットと呼ばれる何もしない、何も考えないという日を作って、優秀な人が多い。アインシュタインもそうですね。

 

あれもこれもやっていると、すぐ目の前のことを忘れて、タスクが増え続けるので、私もこのごろ、

 

もういいや~

 

という選択をして、北海道に行くことを決意したのであります。

 

こうしてブログを書く時間もなかったここ3~4年。

ほんと何やっていたのだろうと、そういう時期があったからこそ気が付いたのかもしれません。

 

時間がない。どんどん、日本では忙しくなっていますね。

 

どうしたものか。

 

では、

 

お疲れ様です。ひとりでにわしです。


山が好きだ!

といってもいろいろありますよね。

登るのが好きな人

見るのが好きな人


て、俺はというと、

山にいるのが好きなのです。いるとは、居るね、




ちょっと変わっているので、共感できない方はスルーしてくださいね。


山登りに行くと、着いて、さあ、登るぞ!となる瞬間、もう帰りの事を考えてしまうのです。


そう、帰りの事。

何時までに移動し始めないと渋滞する。

帰ってきて、明日の現場の段取りしなくては、

何時までには家につかないと、、

などなど、


山に着いても心底楽しめないのが悩みでした。


小屋泊してゆっくり下山。もしくは、降りてきて近くの宿に泊まってノンビリ

そういう余裕がほしいのですが、仕事の都合上、連休やそもそも休みが取れない状況が続いて、変な事で悩んでいます。


休んでいけよ!

と、思われるでしょうが、個人でひとり親方の俺には、マジで時間がありません。


そういう状況を作っているのは自分なので、誰のせいでもなく、全部自分のせいです。


それがまた悩みなのです。

下らないですね。ほんとごめんなさい、でもね、本人は至って本気なのですよ。


で、昨年から下した結論は、


山に行くではなくて、


山にいよう(居よう)


となりました。


この間違ってるかもしれない、理論はいつも、ドストエフスキーの「罪と罰」を連想してしまいます。


目的のためなら手段を選ばない。そう哲学してしまってはいないか?


悩める日々なのです。


理由付けるとしたら、

*後悔したくない。

*やろうと思ったら即行動。

*いつ死ぬかわからない。


事があげられます。


とにかく山に居ると安心するのです。安心?そう、いつも仕事に終われ、何か不安のようなもの、そして頭野中は常にいろんな事を考えて、物をどこに置いたのか?わからなくなる日々。


考えることをやめたらダメだけど、考え過ぎる日々もきついです。そこから抜け出したい!のかもしれません。


何故山なのか?を自分なりに分析したところ、このような結論に至りました。


今年の夏は北海道で登山道整備をします。

大雪山に居ます。


では、




お疲れ様です。ひとりでにわしです。


何故山に登るのか?

そこに山があるから、、

と言うマロニーの言葉を借りると、ガチの人ほどエスカレートして、どんどんヤバイ山に挑戦しようとする。


そうではなくて、週末にちょっと。夏休みに涼しい山に。といったような、レジャーとしての山が年々こちらもエスカレートしております。


この熱狂ぶりは、山小屋予約のダブルブッキング、電話が繋がらない、夏の予約はすでに一杯、等々

行きたくても行けない状況です。


行きにくく、不便なのに何故これ程人が訪れるのか?江戸時代に阿夫利神社の参拝が流行って、こぞって行ったと。


今はどうか?


信仰の為?


いや、現実からの逃避、これが一番当てはまるような気がします。



不便だからこそわかる普段の有り難み。しかし、これだけ便利で時短出きるのに、何故これ程忙しいのか、時間がないのか。


そういったことを、改めて教えてくれる気がいたします山は、


でもね、実際山小屋にいると、その不便を楽しめない方もいるんです。


もっとゆっくりでイイのではないか。

あわてて登るところではないでしょ。

ここは山なんだから、あるわけないでしょ。


と、遠回しに言っていますが、まあ、そういうことです。


不自由こそ、自由


それを楽しみに行ったらイイと思う山は。


では、



ひとりでにわしです。

夏は北海道で登山道整備の仕事をします。


決まってからというもの、何を持っていけば良いのか?必要なもの、頭から離れません。


確か避難小屋での生活でシェラフがいるはず。あわてて、寝袋干したけど、これで大丈夫な気温対なのか?


いろいろなぞがめぐります。


一度行ってしまえばわかるのですが、初めての土地だし、夏といえど2000メートルの山だし、北海道だし


どうしたものか?


mont-bell会員なので、家にカタログあったなー



去年はワークマンの作業着で八ヶ岳行ったけど、誰も作業着で山入る人いなかったな、オシャレですね

今年はワークウエアはこいつで

シュガーケーンscsc 1945モデル大戦!
これ、立派な作業着ですから。しかも今回の山は外仕事なので、これは役に立つはず。この服を正に作業に使うやつは俺以外にいないだろう

ワークウエアはワークで使わないと

ね、

下は作業着でいいかな。長靴はあるし、

では、