一目が気になる、変に思われたらどうしよう?

何かをするとき、そのは1歩がでないのわかります!

こんなことしていたら世間に、親に、友達にと、何かにつけてやらないいいわけを(人目)を気にしてやしないか、、という話


俺の若い頃は、スキー場で働いている。と言うと、いつまで遊んでいやがる!と、ダメ人間かのようなレッテルを張られた。


親の影響がかなりあるとは思いますよ。あれダメこらダメじゃ、八方塞がりですよそりゃ、


何がよくて何がダメなのか?

倫理に背いちゃダメだけど、自分が興味があることに我慢してどうするんだ?


生き物には寿命があるんです。

今やらないと後悔だけじゃ済まされない、ものすごい悲しい結末になると思う。


ちょっとでも気になったら食らいついていく。それぐらいのガッツが必要だ


特にオッサンになればなおさらです。

50代だから、とか言う下らない言い訳は置いといて、とにかくやってみる。やってみてからあれこれ言おうよ!


俺はそう思うわけです。


季節労働も30年を越えました。ひどく言われ続けて、反発するように新潟に移住して突っぱねたけど、普通ではない事には説明が必要だと。


今はそう思います。


こんなことやっていると、確かに心配する人がいる。余計なお世話だけど。


説明がむ難しい。やってみたいけど行動に移せない人は、こんな映画はいかがだろうか。



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現在52歳の俺は焦っている部分も大いにある

それも自信でわかっています。


なぜか親戚、親も含め、男は54歳より生きていない。つまり、早死になのです。言わずともびびっている自分がいて、いつ終わっても後悔ないようにと、必死なわけです。


この心理も手伝って、やりたい!と思ったことは、迷わず飛び込む。その勇気や行動力は、死ぬかもしれないと、内心思っているからかも知れない。


では、

津波ごったくではあったが、何とか北海道にたどりついて、初日は事務所に泊まらせてもらった。


後でわかることですが、本州の山小屋の仕事と言えば、住み込みで三食飯が出る。それが当たり前だという感覚で北海道にくると、拍子抜けするかも知れない。


北海道には山小屋がなく、あるのは避難小屋。しかも、有人はまれで、ネブクロ、テントで渡り歩く、食料、持ち物は自分持ち。


我々の(ケガと弁当は自分持ち)と同じ感じだ。


さて、一日目の現場は黒岳。

正確には黒岳から石室を経て、北鎮岳に向かう雲ノ平がそうだ。


層雲峡のロープウェイにのり、

リフトを乗り継いで、登山道にはいる

この日の俺は、寝不足やら、夏の暑さ、疲れがたまっていて、自分でも何でだろ?と思うぐらい登れなかった。

それでも初めて見る北海道山は素敵でした

雪渓もあって感動

まだまだ夏本番、北海道といえど暑い

体調不良ではあったが、何とかついていき現場に到着。


この日の整備は土嚢による、ガリーの整備。流れた土砂を土嚢に詰めて、もとの場所に設置する。


壊れた登山道を直す?

と思いきや、狙いは侵食してしまった植物の復帰を願って。


登山者は通る度に、ありがとうございます!

と言うが、


あんたたちの為じゃないんだよ。

って、ことらしい。


まだこの時点では意味がわからず、言われるままに土嚢に土砂を詰めた。


そんな一日目でありました。


続きます。


この夏40日間だけ、北海道の大雪山で登山道整備なるものをやってきた。


この経験談をブログに起こし、今後に活用するのと共に思いでとして残したい。


北海道に渡ったのは2025年7月31日の昼の飛行機であった。夏の北海道は相変わらず人気で、この日のエアーも6月の始めによやくした。フェリーはもはや皆無で、自走で大間も考えたが、ギリギリまで庭の仕事が入っていたので車はあきらめた。


記憶にあるかと思いますが、7月30日の朝にカムチャッカで大きな地震が発生し、大平洋側に広く津波警報が発表された。


ここ、横須賀市では聞いたことないような警報が鳴り響き、津波です逃げてくださいとしきりなしに流れていた。


何か訓練だろうか?近くには自衛隊あるし、アメリカのベース基地も。


ニュースをつけると事は深刻で、電車も止まり始めてきた。


このままいくと、羽田空港に行けないかも。

そう思った俺は、たまたま休みの娘にお願いして空港に行かれるよう、まだ走っている電車の駅まで送ってもらったのです。



事は深刻で、すでに三浦半島に行く電車はストップしていて、東京方面もこれが最後ですみたいな状況。


道も混んでいた。


何とか空港に向かい、道中で羽田のホテルをとった。前泊して北海道へ行かれるようにと。


これから混雑するであろう、手頃なホテルは空いていなく、割りと高級なとこになってしまった。

旭川空港553便はや予定どおり。よかった!


アウトレットで売れ残ったこちらのザックは新品

天気もよくて、昨日のごったくがなかったのようです

そして北海道旭川空港に着くと、わりと暑いけど大丈夫?

こちらの車を貸していただいて、待ち合わせの18時頃までウロウロしていてと。


これが噂に聞真っ直ぐな道かー!
と、最初は驚き新鮮だったが、後にどうでもよくなった(笑)

仕事で使う長靴を買って。北海道限定のオレンジにした。

そうして東川の道の駅で待ち合わせをして、駐車場の縁石に座って、外で軽く話をしてから、事務所に連れていってもらう。

何がなんだか?わからないままこうして、北海道の生活が始まったのです。

津波ごったくで、あわただしく、昨日も寝不足でしかも、今年は6月からずっと暑くて、暑さにかなりやられていた。

少し休んでから来ればよかったかな?と、多少の後悔しながらの北海道インであった。

続きます。

おそらく今行動しないと、先になって後悔するだろう。


それは誰もが感じていて、わかっているけれど行動に移せないのではないだろうか?


俺もそうだった。割りと引っ込み思案な所があり、開業して間もない頃、不安で守るばかりの日が続いた。


頑張り時でもあり、それがあったから今があるとは思います。


しかし気がつけば50代!

今体が動くときに行動に起こさないと、絶対に後悔するなと。


そう考えるようになり、三年前から夏は休んで山に行っています。


昨年は八ヶ岳、今年は北海道大雪山でした。


帰ってきて思うことは、言って良かったなと。



貴重な経験と出会った人たち。行かなければ一生会うことも、体験することもなかったでしょう。


そろそろいいかとヨコスカに戻り驚いたのは、


真夏さながらの暑さ!


もう9月の後半なのに、ちょっと怖くなりました。


ヨコスカで開業しているので、完全には離れられないけれど、夏は北海道で仕事することを選択肢の中にいれ始めていた。


そんなときです。




横浜に出張剪定にきて、そこで頂いたコーヒーが美瑛のものだと。


えっ、ビエイって北海道の美瑛ですか?と、今回北海道に行っていなければ、到底出来ない話で盛り上がった訳です。


「いらっしゃらなかったからわからないでしょうけど、今年の夏は異常でした。もう関東の夏は住めないかも。」そんなお話もしてくださった。


俺は暑さもそうだが、山に入りたいだけで夏をそうしているわけだが、夏は北海道という選択肢アリだなと、朧気に考えている訳です。


その心を読まれたのか?



夏の3ヶ月は北海道で仕事がイイかもねと。

今回紹介してくれたコーヒーやさんが、かつて手掛けていた自転車ガイドをなるものを紹介してくれた。


住むなら東川がいいわよと。そこまでリアルな話も。


おおー、マジか?

なんでこうまで北海道?いままで北海道のホの字もなかったのに急に。


実は無いわけではないのであります。

畠山家のルーツは北海道にあるかもと言う謎。

先祖は樺太の山で造材業していた。


似てますかね?

戦争ごったくで北海道?そして秋田にたどり着いたのか?

ルーツ的な事も急に知りたくなって。
さらにオヤジは大工の修行を北海道でしたと聞いている。北海道の何処なのか?

知っている人がいなくなる前に、色々聞いて回ろうかとも思う。

今動かないと。
50代のうちにでは計れない、使命のようなものを感じてるわけです。

さて、どうしたものか。

自分のルーツがわかるとう遺伝子検査なるものがあるという。しかもAmazonで、


今回なぜか北海道に導かれ、行ってきたわけですが、北海道にいながらに「ここは何処なんだ?」と不思議な感覚と共に、あることが知りたった。




実は家の家計は俗にいう「みえる」一族でして、母方の女衆がそうなのです


叔母さんにあたっては、いまでこそ行かなくなりましたが、修行?なのか富士山に行っていました。


登頂が目的ではなく修行?として、


つまり山は頂を踏みに行くところではなく、自身を確かめに行くところであると、富士山は特別だけど秋田の山には定期的に入っていました。



俺もそう思っているし信じている。



なので、山登るんですか?と聞かれても、えや別にと答えるひねくれものでございます。




さて、


みえるひとたちですが、どうみえるかは割愛します。とても話せません


私はというと、


「気のせいか、、」


と思うことあるじゃないですか、よくね


それが歳を重ねる毎に、割りと鮮明になってきて、ある時ハッキリと被写体として見てしまった。


あっ、いらっしゃたのですか?と尋ねたと思う。

しかし後で確認することわからず。後日、「亡くなった」と聞き、結構大きな声で


えッ?!


と驚いたことがある。すでにだったのにそこに居たから、つじつまが合わないのでありました。


気のせいは、気のせいではない事が増えた。

あっ、今、、、


歳を重ねる毎にと書いたが、その通りで、これは気のせいではないということに気がつく


なにが言いたいのかと言うと、気のせいではないので、気が着いたらすぐに行動に移すことにするようになった。


そして山に入らないと、眠れなくなることが増えた。


何かあるなと、わかならないまま、わかったような気がして、とにかく山だと。


繰り返しになるが、山頂に行くのが目的ではなく、山に入れば良いのです。それが何処の山なのかはまだわからないけど。


よって、山の仕事は好都合で、安心できるし誠によく眠れる。


【【【**】】】

山から下りてきて二週間、

此のところ、丑三つ時に目が覚めて寝不足のはずだが、何故か調子はよく仕事も毎日行っている。


しかし、なにかが狂ってきて家でもしゃべらなくなってくる。叔母さんが止めずと山に入っていたのは、意味があった。下界にいると何か調子が狂ってくる


わかるはずの母は山には行かず石にすがった。


それが間違いなのかはわかりませんが、人間の眼ではなくなっていた。蛇なのです


得たいの知れないものは家に入れてはいけない。そうある人に言われ、土地も物の詰まりは良くない。名前は体をあらわす。


得に男子はよほど名前を気を付けないと。それはすむ場所による。どおりで今まで住居を転々としたわけだ。実家だけは居られなかった。


なんとなくわかる。説明できませんが、、



ということで、定期的に山に入らないと変になってくることがわかったので、これはある意味進歩です。


50代になってようやく気がついて、仕事にしてしまえば一石二鳥だし、位の気持ちでおります。



仕事も大事だが山も大事、俺にとっては


今年こそちゃんと山行こうと予定立てたが、果たしてそれが入る山なのかはわからないのでございます。


北海道はよかったな。まだ北海道の何処かはわからないけど。



父親は北海道に渡って大工の修行した。更に前の代は樺太で造材業、その後北海道に流れ着いたはずだが、、



そんなんで、遺伝子検査やってみようかと考えている。


今日も丑三つ時は眠れないのだろうか。


では、



ありがとうございます。