失われた10年はウソか?
最近フォーブズ誌に奇妙な日本経済分析が登場した。
・The Story Of Japan's 'Lost Decades' Was Just One Big Hoax(2013/08/11フォーブズ)
・The Myth of Japan’s Failure(2012/01/06ニューヨークタイムズ)
経済評論家Eamonn Fingletonによるこの日本経済分析は、「日本の失われた10年」がウソで、日本経済はむしろうまくやっているというものである。米民主党寄りのノーベル賞経済学者ポール・クルーグマンも似たような指摘をしているという。
・Japan, Reconsidered(Paul Krugman)
*クルーグマンは全面的賛成ではないが、日本の衰退論が誇張されていることを認める
だが日本を褒めることが目的ではなく、TPP交渉において「日本に甘い顔をするな」「日本は弱っているフリをしている」という論調を拡散しようとするものか。
*はたまた日本型の公共インフラ財政出動を賛美する米リベラル派の論である。医療保険改革などでオバマ政権はセーフティーネットを厚くし、富裕層増税や最低賃金引き上げを志向している
種も仕掛けもありそうな論説である。
■円キャリー取引が日本低迷論を助長?
バブル崩壊後の日本の超低金利により、「円キャリー取引」による円売りで円安方向の力が作用していた。元々のカネの出所は日本の金融機関である。これは2006年頃からの資源・食糧高騰を招く投機の原資ともなった。
経常収支黒字=貿易黒字という優等生の国内経済が低迷し低金利であることが「円キャリー取引」を正当化する根拠である。
*リーマンショック後に米国が超低金利を開始すると日米金利差は縮小し、円キャリー取引の手仕舞いにより急激な円高へ振れていった。パラダイムがシフトしたのである。
Eamonn Fingletonはこうした円キャリー取引の金融屋によって「失われた10年」説が強化されたとしている。
人口抑制策?
Eamonn Fingletonは、日本が人口問題で苦しんでいるのも見せ掛けだという。
むしろ日本は戦後「優生保護法(1948年)」等を駆使して人口抑制策を取り小さな国土で食糧安全保障の観点から人口が爆発しないように制御し、その結果として人口が現在の状態になっているとする。
*『優生保護法』は1996年に『母体保護法』に改正された。
*優生保護法は優生学的観点による断種・中絶の合法化を目指していた。これにより「堕胎罪」は空文化した。
しかしこれは、戦後に日本の人口が7500万から1億数千万に膨れ上がったことを考えると、おかしな指摘である。
*豊臣秀吉天下統一 人口1500万人
*明治維新 人口3000万人
*世界大戦終了 人口7500万人
*高度成長期以降 人口1億2000万人
*戦後のベビーブームは、合理的には説明できないものであろう。敗戦で焦土になり財政的にも破綻し就職先もない。食糧危機状態にある。通常はこの環境でたくさん子供を作る選択はしない。むしろ、群れの個体の大量死滅により、これを取り戻そうとする動物的習性がベビーブームをもたらしたのかもしれない。
そして人口バランスが壊れていくことが、日本のみならず先進国の「福祉国家」制度の破綻の原因でもあるのではないか。
日本の不調は米国の好調を意味しない
この米国人の指摘は、米国がうまくいっていないことを吐露するものでもある。日本は不調だが、対極的に米国が好調というわけではない。デフレで苦しむ日本よりも、米国の後退と低迷は一層深刻かもしれない。そこにも構造的なものがある。
*スペインとイタリアはデフレではないが、失業率等ひどい状態にある
■デフレの日本よりダメな米国
1)失業率
失業率は2000年以降米国が常に日本を上回っている。特にリーマンショック以降、米国は欧州並みの10%にも一時到達している。現在回復基調にあるとは言え、リーマンショック依然に戻る力強さはない。
・US vs EU Unemployment(ECONOMICS HELP)
2)国際収支
日本の貿易収支は、バブル崩壊後も横ばいに近い形で黒字であった。さらに2000年以降には対外投資の収益が拡大して経常収支が増大していっている。
・4月の経常収支、2倍の7500億円に(2013/6/10産経新聞)
一方、米国の貿易赤字は2006年に不動産金融バブルが天井に到達するまで増大を続けていっており、これにより経常収支の赤字が続いている。デフレで苦しんでいた日本が貿易黒字で、バブルで盛況だった米国は貿易赤字だった。しかし米国は日本ではなく中国(固定相場)を目の敵として貿易不均衡を訴えてきた。
・オバマ「輸出倍増」計画は茶番だ(2010/3/15ニューズウィーク日本版)
■日本の貿易赤字への転落は長期的/資源インフレへの耐性弱まる
しかし、日本も金融危機以降とりわけ原発事故以降は貿易赤字に転落している。これは一過性のものでは済まない。原発停止または縮小は、必然的に輸入エネルギー依存を高めていく。70年代の資源インフレの教訓もあって原子力を積極的に推進してきたわけだが、この方向は大きくつまずいた。つまり貿易赤字は長期的なものとなる。
日本が貿易赤字国となっていくことが長期的にどういう影響をもたらすのか。それでいて経常収支の黒字を維持しているのは対外投資が大きいからである。しかしこのシフトは大きな議論だと考える。
*貿易赤字は経済学上も単純な悪ではない
・貿易赤字だが経常収支黒字の傾向は変わらず。日本は「成熟した債権国」の段階に入った(2013/8/9ニュースの教科書編集部)
・日本人の生活水準が高度経済成長前に逆戻り?円安で加速する貿易赤字拡大の近未来的リスク考(2013/08/27ダイヤモンド)
・時論公論 「日本 貿易赤字国に転落」(2012/01/25NHK解説委員室)
輸出で稼いでエネルギーや資源を買う → 今度はラクでなくなる
物質的に豊かな生活
3)人口当たりGDP
世銀やIMFなどの「人口当たりGDP」を見ても、米国の方が優位にある。また「労働人口当たりGDP」で見た場合でも「失われた10年」に日本が受けたダメージは明らかであった。これは日本低迷の証拠としてよく取り上げられる。Eamonn Fingletonは、米国の統計が操作されており実際は日本の方が優位にあるとしている。
*人口当たりGDP・雇用人口当たりGDPでいけば、日本はイギリス、フランス、イタリアにも劣る
米国は人口増・若い人口という強みをいまだ維持している。米国の労働人口は拡大を続け(91年から2012年に23%拡大)、同時期に日本の労働人口は0.6%しか増えていない。
日本が総体としてうまくいっていない大きな原因の一つとして、人口問題があることは間違いない。老人という働かない人口が増えることはGDPに直接影響を与える。人口の行方は、消費産業の「長期的な展望」を左右する。国内消費を基盤とする産業は人口増大期と比べてゆっくりと確実にジリ貧になっていく。
つまりこの米国人の主張は妥当でない。
4)通貨の強さ
もっと端的に、円はバブル崩壊後もドルに対して上昇を続けた。ダメ経済国家の通貨など誰も買わないものである。これに反し実態は、円が買われドルが売られた。
・Why is the Japanese Yen Still Rising?(2010/10/29Forex blog)
通常 経済低迷 → 通貨下落
日本 バブル崩壊後デフレ → 通貨上昇
確かに95年から98年くらいまで円は売られたようであるが、長期軸で見れば円高進行が収まった程度でしかない。
金融危機以降はストレートに円高トレンドとなった。FRBによる量的緩和も人為的ドル安を招いた。そして日銀黒田総裁の「異次元の金融緩和」等により、これを巻き返して円安にする力が働いている。しかし当初の強気とは打って変わり、円安は頭打ち感がしている。
■最終的に誰が債務者か
日本の政府の財政赤字の問題は深刻だが、対外的には債権国としてその記録を更新中である。
・日本、22年連続で世界最大の債権国に(2013/05/28WSJ)
カネを貸す人はカネを借りる人より信用度が高いハズである。
そして日本が債権国で米国が債務国である。すなわち、日本が不調であったとしても、それは米国が優位にあることを意味しない。米国は日本に対し将来の金銭的な約束=債務を大量に抱えている。
米国債のデフォルトの場合、対外依存度が高く世界の債券の基準であるため、債券の世界が大打撃を受けることになる。
■アメリカの貧困/格差はより深刻
ワーキングプアという言葉はそもそも外来語である。
そしてそれは、米国でも深刻な影を落としている。いわゆる中流の崩壊/格差の増大は戦後米国のほうが日本より如実に感じられるものかもしれない。
米国の15.1%が貧困層(年収単身者約100万円以下/両親子供一人約200万円以下)OECD基準(相対貧困率)で17%以上であるのに対し、日本は生活保護受給者250万人でOECD基準(相対貧困率)15%以上となっている。OECD平均は10.7%であることからすると、日米の国民の双方について経済格差は広がっている。だが米国の方がより深刻だ。2011年の調査では、米国の貧困層は4600万人にも上る。
・相対的貧困率と失業率(OECD諸国)
現時点で、米国では最低賃金の議論が盛り上がっている。オバマ大統領が2013年の教書で最低賃金引き上げを呼びかけたこともきっかけとなっている。米国の実質賃金は戦後の米国の生産性の絶え間ない向上にもかかわらず横ばいの低迷を続けてきた。
2013年に入って米国の雇用統計は改善の方向を示しているが、それは家族を養う者が工場をクビになり、マクドナルドの店員となるような雇用の質の劣化となっている。
*米国マクドナルドの従業員がデモを行っているが、勤続20年で年収200万円以下である。
これに関して、日本はうまくやっているというのは、米国でトヨタが躍進しているのを見た米国人の妄想である。日本でバブル崩壊後にゆっくり進行していった先進国の衰退が、米国では金融危機を火きり急激に露呈しているだけではないだろうか?
日本の強みと内需
しかし、米国に日本より深刻な分野があったとしても、それは日本が快調であるというわけではない。
こうした「失われた10年ウソ」の指摘は、デトロイト破産という象徴的な悲劇によって、もしかしたら米国民に対して説得力を持つかもしれない。米国自動車産業も、一旦国営化という憂き目を見ている。
・デトロイト破綻は米国バブル崩壊への序章(2013/08/19ドット*週刊朝日)
■強さを失っていない分野
一方、日本はバブルが崩壊しようとデフレが進行しようと、日の丸自動車メーカーが世界で負け犬に転落するような事態とはなっていない。トヨタはバブル崩壊以降、売上を3倍に拡大した。
*トヨタの高級車路線レクサスもグローバルな成功を収めた
*トヨタのハイブリッド車も成功を収めた
*昨今、トヨタによる「オジンくさいデザイン」からの脱却としての新型クラウンも好調なのではないか
さらに素材産業/装置産業のグローバルな強さも失われていない。最終製品はいろんなメーカーが競争して作るのだが、物を作るマシン(マザー・マシン)もいまだに日本は牛耳っている。中国の輸出品も日本の製造装置で作られ、米国に輸出されている。
・日本が誇る部品サプライヤーの強み(2013/2/22WSJ)
・森精機、“マザーマシン”世界一への布石(2013/3/22東洋経済)
・完成品シェアは低いが素材・部材でシェアの高い日本(大前研一)
米国が失ったものを日本は強力に維持しているように見えるわけだ。
だが「失われた10年」がウソというわけではないと思う。
■地位低下中の分野
日本の家電/半導体は70年代のような生気を失っている。世界に通用する最終製品がバブル崩壊以降出ているのだろうか?さらに国産ジェットも始まったばかりだが、エンジンは外国製である。最も付加価値の高い部分を牛耳っていない。
・「最後のチャンス」半導体業界一丸で再起かけるも思惑すれ違い…(2013/08/31産経新聞)
・日本の家電が負け組になった本当のワケ(2012/6/19生島大嗣・日経ビジネス)
・三菱重:国産ジェット旅客機MRJに米P&W社のエンジンを採用(2007/10/09Bloomberg)
航空産業やIT、金融という産業においても、日本が米国を凌駕する可能性は丸きり見えない。ITと金融は列島ローカルで終わるしかない。
*航空もITも根幹では軍需開発が大きくモノをいうようだ
加えて、戦後において公共事業や人口増・所得増に支えられてきた内需産業(土建、住宅、物流・小売等)は、これを支えてきた地銀信金等とともに重苦しい状態にある。
・逆風にさらされるリスキーな地銀をどうするか(岡本 裕明・アゴラ)
*例えば物流倉庫の自動化・ハイテク化は設備投資が弱いためにそれほど進んでいない。技術はあるが投資しない状態である。それよりも安い派遣作業員の人力で済ませることを選択している。
内需劣化は着実に進行し、輸出は海外市況次第、そしてますます産業流出という形で日本企業は生き延びようとする。アベノミクスの成長戦略にインパクトがなければ、莫大な日本人マネーも金融グローバル化で資本流出ということになる。
これが列島内に悪影響をもたらすことは間違いない。列島内で売れず、列島内に投資しないなら、どうして列島住民が豊かになれるだろうか?
戦後のキャッチアップを終了した日本が、ただの景気循環では回復できないような構造的な矛盾にはまり込んでいるのは確かである。
つまり、「失われた10年」の捉え方はいろいろあるが、それがウソというわけではない。米国の方が基軸通貨国という大きな矛盾を抱えているだけだ。
米国の衰退は対岸の火事ではない
■基軸通貨ドルのねじれた構造
米国にどんどん売りつけ、米国がクレジットでどんどん買うとき、米国はますます衰弱していくだろう。
これは基軸通貨国としては深刻な症状であろう。
景気回復後の米国に待っているのは消費活況=輸入過多=貿易赤字である。この問題は、米国の腕力による政治的なプレッシャーだけでは解決できない。80年代の日本叩きでも再生できなかったし、TPPでどういう腕力をふるっても解決できないだろう。
1国の通貨が、金銀正貨のような客観的な基軸通貨となったことによる矛盾なのだ。
通常は貿易赤字国は外貨不足で他国通貨を買って輸入をする。貿易黒字国は輸出対価を換金売りするので自然に通貨安となり、貿易赤字国の輸出を助けるハズである。ところが、その通貨が基軸通貨であるため、換金売りされずに山積みされ、米国債等ドル資産を買うのに利用されている。基軸通貨は金正貨のように貯め込む価値がある。特に日本と中国がそうしている。また世界的危機となればドルは安全資産としてさらに買われる。
自然循環 貿易赤字国 → 劣等生・通貨安 → 輸出産業が再チャレンジ
貿易黒字国 → 優等生・通貨高 → 一人勝ちできない/輸入が有利に
現実 バブル国家アメリカ → 高金利・通貨高 → 輸出が弱く、輸入過多のまま
デフレ国家日本 → 低金利・通貨安 → 輸出が強い
*世界金融危機以降パラダイムがさらにシフト
こうして米輸出産業を助ける自然調整は起こらない。
米景気回復により米金利が上昇すると更にドル資産に海外のマネーが流れ込んでドル高となる。こうしてますます米輸出産業は衰退する。そしてますます貿易赤字は構造化していく。
*フリードマンが変動相場制を提唱した時、貿易赤字国が通貨の自然調整で下支えされることを想定していたようであるが、そうならなかった
*このドル高構造は70年代に顕著となり、米国は「プラザ合意」で主要先進国に「ドル安操作」を指令した。しかし今度はドルは崩れ落ちて下げ止まらなくなり、再び「ドル安阻止」を指令した。
・日米金利差(AVONDALE ASSET MANAGEMENT)
■金融操作への依存
そして景気回復が、FRBの緩和政策による金余りの消費と投資のおかげだった場合、これは緩和を止めれば破裂する。
さらに米国の財政赤字とドルの劣化は、日本が積み上げている米国債という資産が劣化していくことでもある。売主は取引先の破綻は困るものである。
日本は、米国にどうなってもらいたいのか、もっと主体的に考える必要があるのではないか?
日本が今後もドルに依存し、米国市場を売り先として必要とするならば。米国は「助けてくれ」と泣きついたりはしないだろう。また日本人は、縁を切れない他所の家だと考えている節もある。実態は、心は別だが身体がくっついて同体になっているくらい経済関係が深い。反米的な威勢のいい発言はいくつもあるが、米国の病をどう治してやるか、という指導的見解は日本では聞いたことがない。なぜなら、日本は米国の病で儲かる仕組みに座ってもいるからであろう。しかり取引先が空手形を連発するようになると日本も困るようになる。
*中国の反日暴動等で日本企業にとって中国リスクは無視できなくなり、やはり売り先として米国頼みになる
米国は①80年代の株/不動産バブル、②90年代のITバブルそして③2000年代の不動産金融バブルという形で、消費を膨らませながら迷走している様相である。そして現在やっていることも量的緩和という金融操作でしかない。景気回復後に貿易赤字が解消する見込みもない。サブプライム・ブームの水準に戻るまで住宅市場にカネを流し込んでも、それは人為的な操作・嵩上げにすぎない。それゆえ、「クスリを減らす/止める」と言っただけで病気がぶり返す状態だ。
ドルは基軸通貨と言いながら、ニュートラルな動きをせず、米国内景気や米国政局に引きずられている。
そして米国の輸出産業が弱いのにもかかわらず、基軸通貨として通貨需要が多く金利も高めでドルは買われ、日独の輸出産業が強いのに金利は低く通貨安を維持できるという、「ねじれた構造」になっている。これは基軸通貨ドルがおかしな動きをすることで世界経済を混乱させるということになっていく。
戦後の先進国社民主義の動揺
また、これは日米だけの問題でもなく、先進国の低迷という大きなテーマである。
その遠因は、第一次産業型の貧乏子沢山で始まった「社民主義(自由主義と強制福祉の折衷)」が、産業の高度化によって少子高齢化となっていくことで機能不全に陥っていることであろう。
*工業化を強力に推進したのは先進国の世界大戦であり、軍需産業に集中することで機械産業が発達した
さらに第三世界が新興国に格上げされることで、工場や投資は先進国の国土から新興国へ移る。技術や豊かさが全世界に伝播してゆく過程なのだが、先進国の中流はその過程でダメージを受ける。
*新興国が豊かになれば、今度は新興国への投資リターンや新興国が溜め込んだマネーやその富裕層が洗練された国へ逆流してくるハズだが、それはまだ顕著ではない
そして企業の場合は、ダメなら黙って退場・倒産すればいいが、国の場合はどんなに破綻しても退場することはできない。失敗した国は、政情不安や隣国への騒乱の飛び火などを招き、世界を不安定化させてゆく。
均衡が崩れると、大気循環が壊れたようにおかしくなり、次の均衡を見出すまで不透明で突発的なリスク急騰に見舞われることになる。