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日本の構造と世界の最適化

戦後システムの老朽化といまだ見えぬ「新しい世界」。
古いシステムが自ら自己改革することなどできず、
いっそ「破綻」させ「やむなく転換」させるのが現実的か。


マネーのリターンが長期低下傾向


■GDPの低成長/長期的に先進国が減速
先進国の低成長はかなり長期的な傾向となっている。20年以上もの長期的現象だ。


1959年に10数パーセントという2ケタ成長もあった日本のGDP成長率は、1987年以降5%を下回り、2013年には2%程度になっている。米国も3%を下回り、ドイツも3%から1%の間を這っている。実力値と言える日本の潜在成長率も90年代から明らかに低下している。
潜在成長率試算1985年-2010年(内閣府)

1%成長ではプラスという実感を庶民は感じられない。


■「資本係数」の継続的な上昇(資本効率の継続的な悪化)

「資本係数」という指標があり、これは1円のGDPを生み出すのに利用される有形・無形の資本の量を測るものである。資本係数が低ければ資本効率が高い。


米国の資本係数は不動産バブル期を除けば長期一定である日本については戦後に資本効率の大幅な長期的上昇があり、1970年代には米国よりも資本効率が優れて高かったが、2000年目前頃には米国同等の資本効率に下がり、そこから延々と資本効率の悪化が続いている。
ストックから見た日本経済の課題(ニッセイ基礎研究所)

固定資本減耗の割合肥大化は、GDPの多くの部分が既存設備の維持更新に割かれていることを意味する。つまり新たな資本形成がなくなり、維持更新だけをしている。特に公的資本形成の大きい日本では、道路などの公共インフラに巨額の資本がつぎ込まれている。公共資産の資本効率が高くないことからすれば、どんどん財政出動をしても、資本効率自体はもはや改善しない。


また不良資産/不採算設備/ゾンビ工場を維持更新し続けることも資本効率にはマイナスとなる。


資本が鬱屈している国=日本と言える。


■ROAの長期低下傾向/事業資産のリターン低迷
企業の収益性=ROA(総資産利益率)と経済成長率には高い相関性があるとされる。またバブル崩壊以降、日本
製造業のROAは米国製造業のROAを常に下回ってきた。つまりトヨタがどれだけ日本人の誇りであろうと、日本製造業全体の資産効率は低かった。上場企業の平均ではROA3.5%ともされる。非上場入れても数値が向上するとも思えない。拡大する人口/消費にあぐらをかいたローリスク/市場シェア重視の戦後型経営もまた企業の収益率低減の元凶となっていると思われる。また米国のROAも1965年の5%付近から2012年に0.9%へ低下している。
*各企業の利潤最大化が必ずしもROA拡大につながるわけではない。
*各企業や投資家は、むしろ追加投資の個別収益率に着目して決定を行い、足し算的に計算する性向があ
るはずで、過去の投資については清算できず、全体資産ストックの収益率の観点から行動できていないはずであ
る。
平成25年度年次経済財政報告(内閣府)
The burdens of the past(Deloitte University Press)


デフレ

つまり、花形企業はあるかもしれないが総合では事業に投下したマネーのリターンは小さくなっていると言えるかもしれない。IT革命だとか合理化/インテリジェンス、人類の英知の進歩とか言っても、それは広告野郎の宣伝にすぎず、長期では資産のリターンは縮小し続けている。



■安全資産のリターン低下傾向/リスク増大
さらに国債を中心とする「安全資産のリターン」も極めて小さくなっている。金融緩和でカネを配ってもこれは安全資産を求めて殺到するため利回りがどんどん低下していくという事情もある。それだけリスクに対する不安が根強い。またこれに相応して庶民の預金金利も超低金利である。経済危機以降の低金利政策は長々続けてもエンジンがかからず、むしろ預金者からリターンを奪う結果ともなっている。

*かつて郵便貯金の利率が5%超える時代もあり、リスク金融にはそれ以上のリターンがあった。
今、日本国民が考えるべきこと(長期金利推移)(クルーク)
年金など投資家、利回り「消滅」で高リスク債券に食指(2015/02/16ロイター)


        過去        ←→       現在
   
      庶民の貯金でも5%       定期預金でも0.3%以下
      安全に5%            5%ならハイリスクでないと無理


総じてマネーのリターンが冴えなくなったのだ。
リスクの高い投資でない限り、それなりのリターンを得ることができなくなっている。


■高まるリスクと投資の減退
     
日本において、1980年代には資産収益率が4.5%以上であれば設備投資が増えるという構図があった。これが90
年代は9.7%そして2000年代は8.3%となっている。
Financial Trends(第一生命)


つまり過去に比べて儲けが大きくないと設備投資はしないということで腰が重くなっており、これはリスク(成功/失敗確率)が高まっていることが原因かもしれない。リスクの高まりが設備投資を減退させており、それは経済活動の停滞へとつながっていく。


ベビーブーマーが支払人から受取人へ


戦後型福祉社会は、ベビーブーマーの成人によって完成し、ベビーブーマーの引退によって崩壊するだろう。


■ベビーブーマーのキャッシュフロー

巨大なベビーブーマー層が「将来の約束」を信じて総体として莫大なカネを毎月支払ってきた。税金だけでなく企業年金や公的社会保険や住宅ローン/自動車ローンの支払いなどなど。そのマネー(キャッシュフロー)戦後金融の背骨であった(戦前は庶民金融はそこまで発達していない)。
*日本のGPIF(年金積立金管理運用独立法人)は世界最大級のファンド(運用資産130兆円以上)であり、これこそマネーの王様である。


しかしベビーブーマーが支払人から受取人に一斉にシフトすると、世界は一変してしまうだろう。巨大な流入キャッシュフローが巨大な流出キャッシュフローへ変わる。


         巨大な流入キャッシュフロー  巨大な流出キャッシュフロー
               ↓             ↓
         経済に活力と安定を与える    経済から活力を奪う 
   


とりわけ公的年金については積立基金型ではなく賦課方式なので、キャッシュフローが流入から流出まで直線的につながっているはずである。社会保障のデフォルトやヘアカットは政治的に不可能なため、政府が赤字になるか現役世代から搾り取るかしなければ維持できない。
*日本の公的年金の暗黙の積立不足額は800兆円(負担総額950兆円-現在積立残額150兆円)ともされる。
米国の主要公的年金、積み立て不足は220兆円-ムーディーズ(2014/9/25ブルームバーグ)


それは緩やかな漸次的変化ではなく、崖のようなインパクトを持つだろう。「これまでデフレだったがいずれ良くなる」ではなく、これらかようやく本番の冬に入る。


■「下げ潮」の巨大な波
ところで人口動態は経済の根底で大きな基調を作る。つまりそれは労働力人口減少(供給能力縮小)や人口高
齢化(保険料入金/保険給付出金のアンバランス)がもたらす大きな「下げ潮」である。


かくして年金/医療の金銭的問題が生じてくる。


公的保険制度は金融的観点からは「安全な高リターン」が必要だ。しかし低成長と低金利では高リターンを得る先が限られてくる。AIJ事件のように危険な投資で年金がぱあになる時もある。

  

       高成長期の社会保障  →    低成長期の社会保障

     高保障/安全高利回り運用      税金つぎこんで高保障維持?
                            若者の収入を削り取って高保障維持?
                            超ハイリスク投機で危険高利回り運用?
 
                             

年金/医療の社会保障制度の「逆ザヤ的」な破綻のツケが現在の現役世代に覆いかぶさっている。現在はこうい「下げ潮の時代」だと思う。介護の人材不足が叫ばれる中で介護報酬が引き下げられるのも、こうした公的医療/介護の収支が大きな金銭的圧力を受けているためであろう。
【介護報酬2・27%下げ】人材確保見通せず介護報酬マイナス改定(2015/01/12共同通信)

これに打ち勝つためには、極めて高い成長/圧倒的な税収増/安全だが高い投資リターンがなければ長期的には収支が合わなくなる。


日本はアベノミクス以降、実質2%名目3%の成長が達成できることを前提として、プライマリーバランス黒字達成や消費税引き上げ実現可能性を打ち出してきた。それが実現できないなら、財政負担となって跳ね返ってくる。

今後10年の平均で名目3%・実質2%成長目指す=成長戦略素案(2013/06/06ロイター)


■一次産業からの進化が裏目に出る時代

適切な経済/財政/金融政策があれば人口増大の勢いが高成長を生む。また人口縮小は成長の重荷となり、企業/家計のレベルではレバレッジ縮小となって低成長をもたらしていく。


一次産業の時代には「貧乏子沢山」は実は合理性がある。肉体労働主体なので教育コストが安い。またその頃は社会保障も微々たるものだったので、子供が親を支える場合には子沢山の方がいい。だが二次・三次産業時では、教育コストも重いため貧乏子沢山というわけにはいかない。


例えば医師のような高度人材を一人養成するコストを考えてみたらいい。また社会保障制度が充実し国家が面倒を見る形になったため、老後のために子沢山という方向にはならない。


 第一次産業(肉体労働)→ 移行/保障/技術革新 →  第二次・第三次産業 →  ?
 子沢山/教育コスト安    少子化/教育コスト高         人口縮小

                   上げ潮からバブルへ      停滞から下げ潮へ     下げ潮


人口問題は短期的には解決できず「下方向への圧力」は跳ね返しがたい。手っ取り早いのは移民政策で労働力と消費者、保険支払人を埋め合わせることだが、ナショナルな島国日本では政治的/社会的に不可能だろう。


デット・オーバーハングが新芽を摘む


ところで四世代くらいで世界は劇的に変化した。戦前の自由放任経済、戦時中の軍事社会主義(国家総動員)、戦後の社民主義というように。


とりわけ戦後の「ケインズ主義政策」は国家が経済・福祉に大きな責任を持ち、財政出動・金融介入を基軸に経済を支えてきた。これによって先進国で豊かな中流・ベビーブーマーが政治/社会/経済の基軸となった。第一次産業から移行する上ではうまく機能したと思う。


しかし結果的には、日米欧の先進国で多くの国が財政赤字等の問題を抱えることとなった。
*ただしドイツは2014年に財政黒字を達成し、2015年の国債発行はゼロになるとされる。


単に無借金経営が良い経営とは限らない。資本を有効に使うのが資本主義であろう。しかし債務が重過ぎると新芽を摘み取ることになり、新芽が育ちにくくなる。つまり、新しい儲け古い債務を返済するために吸い尽くされる。優先権を持つ古い債務の返済に企業も精力を集中する。総合するとリターンは低迷する。これがデット・オーバーハングという状況だとされる。
Debt overhang(wikipedia)


政府/企業/家計という国家経済の合算の中で、公的債務が重過ぎることは対岸の火事ではない。全体として新規借入による新規事業/新規設備投資など新しい芽が抑圧されることになる。


一企業で言えば、赤字不採算事業を黒字事業の儲けで補い続けるような現象であろうか。当然全体の伸びは低下する。民間経済で言えば、ゾンビ企業を救済するため有望企業を抑圧するような現象であろう。当然全体の伸びは低下する。そして日本がバブル崩壊後にやってきたことがまさにこれであった。


「その話しはもう止めよう」これが文系の世界かもしれない。それで済む。しかし、借金は「借金があることはもう忘れよう」とはできない。しかも借金は先送りすればするほど重くなる。
*西欧中世の騎士は十字軍渡航の借金等で破綻衰弱し、絶対王政の前提を作っていく
*鎌倉幕府御家人は元寇等の戦時負債と所領分割相続で零細化・衰弱していく
*スペイン帝国は幾度もの財政破綻を経て、中世イタリア商人を道連れに衰弱
*徳川幕府旗本は綱吉/吉宗期には借金まみれになっており幕末には衰弱していた
*仏ブルボン王朝は財政破綻後にフランス革命が勃発して滅亡
*西欧諸侯の多くは産業革命以降にインフレ/借金で没落
*士族は西南戦争後のインフレで没落、インフレで得した農村地主が新たな保守層となる
*公家/大名の末裔である華族は、第一次大戦バブル崩壊後に負債で衰弱



マルサスの不気味な予言


■インプットの限界/収穫逓減

ところで、限られた農地で豊かになるにはどうしたらいいか?

確かにある次元までは工夫・努力という直線的なインプットで収穫高を高めることができる。



しかし、限られた土地で「種を2倍播いても収穫は2倍にならない」というのがマルサスらの着眼点であり、素
人的に納得できる指摘である。例えば米作であれば一定面積の水田で育てられる稲の数には限りがあり、密集させれば逆に発育に問題が生じる。狭い田畑でどんなに努力を倍増していっても(インプットだけ増やしても)限界を超えれば報われなくなる。


ある次元からはインプットを増やしてもアウトプットつまり限界収益は逓減する。インプット2倍でアウトプット1.5倍という風になっていく。もっと悪いことにインプット増にはこれに比例したコストがかかる。アウトプットが思うほどでないのでコストは想定よりも重くなり、またコストを勘案した利益はもっと薄くなっている
収穫逓減(wikipedia)


       ゼロ近辺環境       頂点環境            逓減環境

    仕込めば効果大!     努力が報われる限界点  仕込んでもそれほど増えない
  インプット増=アウトプット増                  インプット増でもアウトプット鈍い


これを克服するには2つの方法があるだろう。


①農地を2倍にする。
②2倍の収穫高/利益を得られるイノベーションで次元をシフト


上記のいずれも、莫大な初期投資コストがかかり、その回収期間は長い。

利益の薄い新事業を大規模に仕込んで数十年以上かけて回収するような長期投資は、見返りやコスト回収の点で後ずさりするのが自然だ。民間経営者は長期的な上げ潮が見えない限りそこまでの積極投資はしないだろう。またイノベーション失敗という大きなリスクがある。


マルサスはある段階の食糧増産による人口増大を次の段階の食糧増産で支えられなくなるという将来の貧困を予言し「人口抑制策」を提唱した。
トマス・ロバート・マルサス(wikipedia)


食糧生産不足による貧困については19世紀のマルサスの予言は外れているだろう。だが収穫逓減と同じ限界が現在の先進国経済・資本主義を覆っているような気がする。


■財政出動と金融緩和のインプットの効き目が鈍い

ある時期には、財政出動は相当の効き目があり、金融緩和も相当の効き目があった。利下げだけでも経済が即応して活況になる時代もあった。政策上のインプットが有効に機能した時代もあった。


しかし現在では、財政出動も金融緩和も、マルサスの収穫逓減に近い限界に達しているのかもしれない。トリクルダウン効果はコストの割りには小さそうである。


財政出動を2倍にして道路やハコモノをたくさん作ってもそれほど経済が上向かなくなった。また金融緩和でインプットを2倍にしても効果はそれほど出ず追加緩和を迫られる。その上、金融緩和自体に副作用がある。
追加金融緩和サプライズで「出口なき日銀」(2014/11/10東洋経済)


資本主義の壁


ある意味、戦後世界で展開された経済システムが資本主義(儲ける)という観点では限界に達し、生産も資本効率も上がりにくくなり企業も昔ほど儲からなくなっている。


つまりピケティの言うような資本集中と格差拡大という点ではなく、資本主義(儲ける)という点で儲からない資本主義となってきている。儲からず負債に押しつぶされるようでは、資本主義は自ら自壊してゆきかねない。


     ピケティの指摘      ←→  もう一つの重い事実

     資本集中と格差拡大        資本主義が低利回り/低効率に

                          儲けが薄くリスクばかり高くなる

                          過去の債務が新たな成長を阻害する


■江戸時代の勤勉革命の限界
また江戸時代の日本で確立されたという「勤勉革命」がうまく機能しなくなっている。つまり、ひたすら努力
し、米作地を広げてひたすら米を作るという努力である。豊臣政権時に1500万人であった日本の人口は、徳川幕府による平和の中でひたすら耕作地を広げ、人口3000万人へと倍増する。
勤勉革命(wikipedia)



しかし「享保の大飢饉(1732年)」あたりでこの直線的な拡大は限界(人口と農地の伸びが限界)に到達している。「田んぼと米」という
日本経済の根幹はここで限界となり、幕藩体制自体が劣化が止まらなくなっていく。その後の緩やかな成長は勤勉=長時間労働により実現されている。例えば、飼育コストの高い家畜による耕作をやめ、家畜用地も田んぼにして、手作業に置き換えていくことである。ムラ社会という固定的な経済生活でこそ、この「勤勉革命」は機能する。


       日本の勤勉革命(江戸時代) 牛馬の動力 → 人間の動力・長時間労働

       英国の産業革命(19世紀)  牛馬の動力 → 蒸気機関の動力


現在の日本における過労死や長時間労働はまさにこの「勤勉革命」の賜物である。倉庫でマテハンや高度なロボットによる自動化を導入せず(技術はあるが投資しない)、日雇い派遣の肉体労働に切り替える。あるいは業務プロセスの合理化をせずに人を雇わずに一人の作業時間を長期化(残業増大)する。デフレ期に蔓延した日本経済の実態はこのようなものであり、これが江戸時代の脳みそにピッタリと符号する。日本人は自ら過労死するまで働くのである。それしかやり方を知らない。


掃除をするのが面倒だから掃除ロボットを作るのが欧米人の発想だとすれば、日本人の発想は徹夜してでも人力で片付けるのだ。


歴史と経済は動いていく


ところで封建諸侯達はどこへ消えていったのか?また日本の大名や公家はどこへ消えていったのか?彼らは権力やカネを持っていたのにいなくなった。


フランス革命、ロシア革命または中国の右派闘争のように殺戮という形で既得権が抹殺され社会が変革される時もある。だが多くの場合、経済が社会をじっくりと転換してゆく。既得権は自らの衰弱によって消滅する。


・青銅器文明から鉄器文明に移行する過程で多くの古代帝国が謎の崩壊を遂げている。
・シルクロードのオアシス都市はオアシスが干上がると消滅する。
・中世の騎士は、十字軍遠征の借金で弱体化して絶対王政に道を譲った。
・西欧の諸侯は、固定地代の地主という性質上、商業躍進・インフレによって滅んでいった。
・絶対王政の王達は相次ぐ大戦争の借金と破産を繰り返しながら消えていった。
・重商主義は、東インド会社のようにそもそも儲からなくなって自由競争に道を譲った。
・日本の華族は第一次大戦バブルの崩壊で大きく資産を毀損し、衰弱していった。


それが何であれ、一つの経済システムが衰弱していく時、そこに依存する社会構造も滅んでゆくだろう。現在滅ぼうとしているのは、戦後中流サラリーマン社会であろう。


情緒におぼれた過去の遺物、封建の夢を見る狂った老人ドンキホーテにはならないことだ。