国債と産業投資 | 日本の構造と世界の最適化

日本の構造と世界の最適化

戦後システムの老朽化といまだ見えぬ「新しい世界」。
古いシステムが自ら自己改革することなどできず、
いっそ「破綻」させ「やむなく転換」させるのが現実的か。

銀行の投資はむしろ政府へ


ところで銀行には、利潤を追及し資本を動かす重大な経済機能があるはずである。

日本の構造と世界の最適化 だが、銀行が企業に融資して利益をあげている、と言えばもはや妥当でない事実がある。


日本企業が調達する資金440兆円(借入・株式出資・社債)は、金融機関総資産2600兆円以上(預金銀行資産1500兆円以上)と比べるとそう支配的でもない。
*保険・ノンバンクを含む
*バブル崩壊以降むしろ日本は株式や対企業貸出の割合が縮小中ですらある
資金循環の日米欧比較(2011/06 日銀*PDF)


国債残高のうち600兆円以上が民間金融機関からつぎ込まれており、銀行はむしろ国債買取人だといえる。そしてそのうち半分近く300兆円は「ゆうちょ銀」「かんぽ保険」という半公的金融によるものだ。
*家計預貯金750兆円・企業預金160兆円


   金融機関  → 440兆円 日本企業 
           → 600兆円 国債(日本政府)*全残高900兆円
             (300兆円*郵政)


金融機関は企業に資金供給しているというより、むしろ政府に資金供給していることがわかる。



「貸せ」という国家


■なぜ国債が必要なのか?


日本の構造と世界の最適化 国債
というのは、当初は富国強兵的な国家の先行投資の手段であり、愛国的な要素すらあった。現在では、社会保
障を支え、財政を維持するため仕方のない「止められない止まらない」ものになっている。


    国債(戦前) → 富国強兵(とりわけ海軍)

       国債(戦後) → 福祉国家

  

しかし、今日の資産運用において国債は純粋に1つの金融商品であろう。だが、商品には競争があり、国債が他の商品に負け見向きもされないリスクもある。国家(財務省)は予算を維持し、国債を守らなければならない。


■苦肉スキーム・国家を支える中央銀行

中央銀行のモデルとなったイングランド銀行は、そもそも国債の買い手がつかず増税もできない状況の中で「苦肉スキーム」として創設された特権銀行であった。それは東インド会社のような重商主義的なスキーの1つで、自由主義経済とは異なるものであった。
*初期のイングランド銀行は王と特権商人に独占的利益を保障し、従来の零細バンカーを蹴散らして自らを頂点とする金融独占を築いた。
*ナポレオン戦争中に「イングランド銀行券」のみを資本にできる金融ピラミッドを作り上げた。
*民間銀行の武器であった紙幣発行は禁止されてしまうが、民間銀行は小切手という手段でこれに対抗する。
*独占による市中金利操作などの不当な力は、やがて公共に資するための手段に活用され、現在の中央銀行の定義ができあがる。


だが自由主義経済において民間銀行を支配するのは難しい。どうすればいいか。


■日本の金融護送船団・住み分け
戦後の日本は過小極細資本から始まっている。それゆえ金融行政が守りの姿勢からスタートしたとしても不思議は
ない。
*終戦直後にはデノミも預金封鎖もあった


バブル崩壊以前の金融護送船団は、国債発行の責任者である大蔵省が同時に銀行監督権銀行のMOF担は出世街道)をもっているところにミソがあったようだ。つまりこの力関係からすると、銀行に対し国債引受を強いることは容易である。

*大蔵省MOF担の意向は強大で、女性銀行員の制服のデザインにまで影響を及ぼしたという
*金融監督行政が財務省から切り離され「金融庁」が誕生したのは妥当な展開だと評価できるだろう


こうした大蔵省による銀行操縦体制は、銀行間競争や潰し合いを促進するのではなく、むしろ住み分け・専業化という典型的な「1940年代体制」構造であった。また、バブル崩壊時には大蔵省は大手22行全部救済という方針で日銀と対立することになる。

*しかしバブル崩壊による金融破たんで大蔵省の金融制御の失敗は明らかであった


1940年体制(増補版) ―さらば戦時経済/野口 悠紀雄
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戦前は財閥系銀行が財閥の核であったことと比較すると、こうした体制はひどくナショナルなものであり、国家財政と大手民間銀行が密着し、外国投資に頼らずに国家と産業を運営していくものであった。


そうした国家歳出の多くが社会保障に費やされているなら、民間に「右にならえ」を要求するこの体制は「国家社会主義(state socialism)」ともいえる。
*アメリカのサブプライム・ローンの根底には、GSE(政府系住宅金庫)による低所得者向け住宅ローン市場介入がある。

*フリードマンなら「低所得者は賃貸に住むしかない」と言うかもしれない

*GSE国家管理という事態を見ると、あくまで低所得者向け特別住宅ローンを維持したいアメリカも実は「国家社会主義」的であろう。



国家事業と民間経済:民業圧迫


国家が事業を行うとき、それが自由経済体制であったら、「民業圧迫」という問題が浮上する。国は圧倒的な信用と規模で民間事業より優位にたちうるから。
*国家事業が赤字でなければいい、という問題だけではない。


国債金融商品として一種の「民業圧迫」がある。
マネーがどこに行くか。産業か、政府か。もし株式市場が突然盛況になって国債から株式にマネーが動けば、政府
資金調達コストがはねあがってしまう。政府が低利で資金調達をしたいなら、株式が停滞していたほうが実はいいのだ。


   株式盛況(好況) ←  → 株式低迷(不況)

  *国債は売れず        *国債は低利率でも売れる

   民間ハッピー 財務省真っ青   


また長期低迷といいながら尚、安心感がある日本の土台には、家計金融資産1500兆円以上(うち預貯金750兆円)という莫大な貯蓄があるからだろうが、これらは国債とほぼ運命を共にしている。
*金融機関は低金利で米国債を増やしてきたので、米国債・ドルの運命とも連動していく。
*構造的には日本国債がつぶれれば預金もパーになる。
*昨今の欧州銀行危機の内実もソブリン債不良債権によるもので最大4兆ドルの資金不足になるという。
欧州の銀行、4兆ドルの資金不足か-BISデータ (2011/09/23Bloomberg)



■投資運用の国債依存

金融危機などを経て、ますます運用資産における国債の比重は高まっており、これは先進国共通の現象ともいえる。財政問題や低金利の罠は、日本だけではなく今や先進国共通の懸念となった。米国でも株式リスクプレミアム比較すると、2001年から昨今までは国債投資の成績のほうが5パーセンテージポイント良い。また年金基金の中には、株式運用全廃するところまで出てきている。

プライマリーディーラーという国債発行市場の特権的地位が日米で公認されている。これは国債の仕入れ上の優位であり、国債相場上の力ともなろう。


長期ゼロ金利という環境も、構造的に国債にプラスに働く。だがこれは株式など産業投資からマネーを奪ってしまう。

PBR(株価純資産倍率)が1以下になっても株式にマネーが流れない

*金利の長期固定は、ロールダウン効果によって国債投資に旨味が出てくるので、さらに国債偏重を強める


雇用をよくしたいなら、産業投資がなければいけない。企業に行くべきマネーを国債が吸い取り続ければ、銀行業績の見栄えがよくなっても雇用改善までにはいかない。


  国債(政府) ← マネーは? → 産業(企業・株式・社債)



年金運用は常に黒字というわけではない。また株式・社債・CPなどがうまく運用されないと企業は打撃を受け、賃金と雇用がダメージを受ける。


長期にわたる低金利に慣れてしまうと産業の体力も弱まりそうだ。金利が儲け・収益・投資の相対的基準になるため、けなくてもいい体制になっているから。