その日暮しの政権・浜岡原発停止要請 | 日本の構造と世界の最適化

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古いシステムが自ら自己改革することなどできず、
いっそ「破綻」させ「やむなく転換」させるのが現実的か。

浜岡原発停止の政府の意図は見えない


今回の原発大事故を受け、原発管理を厳しくしストレステストなど実施するというのは妥当だろう。「3.11以降」何もかも今までどおりというわけにはいかない。

しかし「浜岡原発」を狙い撃ちにした政府の停止要請(5月7日)は、報道では短絡的に見える。
原発全面停止、最終判断=午後にも対応発表―中部電(2011/05/07時事通信)
浜岡停止要請「法律超える判断」=安全機能は確保―保安院(2011/05/07時事通信)
全国の電力会社に困惑、首相の原発停止要請で(2011/05/07産経新聞)


●しかし政権は民意を悪用するな
菅政権は「民意はついて来ている」という感覚らしい。実際「浜岡原発停止」について賛成の意見は多いようだ。


あれだけのことが起こったので、原発に対して「強い不信」が老若男女に芽生えていて不思議はない。「原発はイヤだ」という「感情そのもの」を叩き潰すような行為は現在かえってマイナスだ。たしかにプロ活動家も反対運動に見受けられるが、多くの民心がそちらへ傾いていることに留意すべきだ。
インド:反原発デモ、1人死亡 世界最大、建設予定地で(2011/04/20毎日新聞)
脱原発訴えデモ行進 広島(2011/04/27中国新聞)
原発廃止を株主提案=232人が東北電力に要求(2011/05/02時事通信)

はらわた煮えくり返る思い…東電社長に浪江町長(2011/05/04読売新聞)
阪神経験の神大生ら、原発問題考えるデモ 7日に神戸で(2011/05/06朝日新聞)
全原発廃止訴え1万人がデモ(2011/05/07NHKニュース)
原発なくてもエエジャナイカ大行進(6月11日前橋で第2弾予定)

「3.11以降」をどうするか。
「そのうち大人しくなるやろ」「喉元過ぎれば熱さ忘るる」ということでは絶対にいけない。絶対に。


国のエネルギー政策の見直しは?原子力管理の刷新は?電力事業政策は?
政治家や指導層には大きな「創造的責任」がある。感情を否定せずに具体的骨組みを改造する責任がある。


しかし、菅政権は延命のために素朴な感情をいいように活用してるかのようにも見える。。「浜岡原発とにかく停止」で「リーダーシップがある!」と評価されたいのだろうか?「停止要請」あるのみで、何につながっていくのその先はまるで見えない。
*何をしたいかわからないが過激に反応する政権は危険だ
*人々が公権力の真意をはかろうと右往左往するのはムダな騒ぎだ
*大量の失業者を作ってでも環境を!という人たちだっているだろうが


原発反対ポピュリズムに乗っかって「死に体」の政権を蘇生させ・・なんて甘いことを考えているのだろうか?ただ民意に乗っかって?


大震災の前に沈没寸前だった政権だから、先行きは芳しくない。もちろん、津波・原発事故の対応も国民の反応としては政権への好評価はない。
「彼以外ならだれでもいい」 菅首相なぜここまで評判悪いのか(2011/04/25J-CAST)



政権への提言


人間あきらめることも叡智の一つだ。
せこい手段でしがみつかず、その日暮らしのような奇策に胸おどらせず「死にゆく政権」としてやれることもある
。1ヶ月政権が延命できても歴史の中でも点にもならない。


だが「3.11」のほうは歴史的事象だ。
*関東大震災では、震災手形の発行額半分が鈴木商店救済用だったことも帝国議会で判明し、歴史に残っている


この際、後任の政権が無視できないようなエネルギー政策提言・議論の柱を残して消えていったらどうだろうか?「余計な正論をぶちまけていきやがった」と後任に言われるようにしておくのである。「3.11以降」の日本が元の木阿弥にだらしなく戻らないように。


   「エネルギー多様化(原子力含む)」・そのためには既存の電力事業体制も抜本的見直し
   *既存の電力事業体制では「エネルギー多様化」は進まない


こうしたことを背景に原発安全スキーム/ストレステストの一環として停止などはやるべきだ。


どうも菅政権はその日暮しにすら見える。