自分に言っちゃう!『素敵な娘たちを持ったね』

 

 

 

今日、娘のHが、鎌倉の道端にぺたんと座り込んで、

わんわん泣き始めました。

 

目の前に飛んできた虫を咄嗟に払った時、

かけていたメガネが手から滑り落ち、

コンクリートの上にカツン、と音を立ててしまったのです。

 

フレームの端に、ほんの小さな傷。

でも、彼女にとっては、

それが世界の終わりのような出来事でした。

 

頭ではわかっているのです。

物はいつか壊れるし、完璧なままではいられない、と。

でも、大好きなプーさんがついたそのメガネは、

彼女にとって宝物でした。

 

その宝物が、自分のせいで「完璧」ではなくなってしまった。

その事実が、彼女には耐えられなかったのです。

 

家に帰ってきても、Hはずっとメソメソしていました。

その姿を見ながら、

私は、この使い捨ての時代に、

これほど一つのものを大事にできる彼女の心を、

本当に素晴らしいと思いました。

 

完璧でなくなったことが、それだけ悲しい。

その純粋な気持ちは、

生きていく上では不便かもしれないけれど、

私たちが忘れてしまった何かを、思い出させてくれます。

 

 

そして今日、もう一つ、心を揺さぶられる出来事がありました。

Hがパニックになっている間、双子のNが、

静かにこう言ったのです。 

「落ち着くまで、私、待ってるから」と。

 

数年前までの彼女なら、考えられないことでした。

Hのパニックは、N自身のトラウマを呼び覚ます引き金でした。

彼女自身もパニックを起こしますが、

Nのパニックは外からはわかりにくいのです。

 

だから、まわりが「あなたは平気ね」と勘違いしてしまう。

だからHのパニックが顕著であることが

ある意味Nには辛い時期が長かったのです。

 

ですから、Hがパニックを起こした時には

その辛い時期を思い出してしまう。

Hの隣で、フラッシュバックに耐えながら

わざと関係ないそぶりをしていたものでした。

 

そのNが、今日は、ただ静かに、妹が落ち着くのを待っている。

完璧じゃなくなったメガネを抱きしめて泣く娘と、

その隣で静かに待つ娘。

 

素敵な娘たちを持ったな、と心から思います。

大変なことも多いけれど、

こういう日もある。

 

自分の大変と、娘たちの素敵さは

関係がない、、

 

こういう日はわかるのです。

自分がぱつぱつだとわからなくなります。