発達障害の双子と共に〜友達ができたね!!!できたね!!!
Hには、ずっと友達がいませんでした。
ずーっと本人も「いない」と言っていましたし、
それは紛れもない事実でした。
なぜなら、彼女の隣には、常に双子のNがいたからです。
何をするにも「つうかあ」で、
得意なことも、苦手なことも、幼い頃はそっくり。
聴覚過敏も、接触過敏も。
みんなが少しずつ破るようになる規則を、
いつまでも愚直に守るところも。
だから、友達は必要なかったのです。 というか、
「必要」という感覚さえ、
なかったのかもしれません。
自分たちとは違う行動をとる「謎の子供たち」と、
どう関わっていいかわからない。
でも、全てをわかってくれる「分身」が隣にいれば、
それで十分だったのでしょう❤️
小学校は、1学年1クラスの、小さな素敵な学校でした。
それでも、二人はいつも一緒。
🎵友達100人できるかな🎵
なんて、
夢のまた夢でした。
私はよく彼女たちに言っていました。
「人間、みんな同じように大きくなるわけじゃない。
いつか、必ず友達もできるよ、
きっと、あなたたちに友達ができるのは、
他のことができてからなんだね」と。
進んだ中学は、典型的な女子校。
当然、二人は別々のクラスになり…
これでそれぞれに友達ができる、と期待したのも束の間。
人の気持ちを察するのが苦手な彼女たちは、
女子校特有のコミュニケーションの中で、
取り残されてしまったように見えました。
「入学式が一番うれしかった」
今でも忘れられない苦い発言。。。
結局、不登校や保健室登校に。
この時の彼女たちは、本当に辛い日々でした。
そして、友達ができない現実は、
彼女たちを、ますます二人だけの世界に閉じこもらせました。
「他に誰もいなくても、私たちがいればいいよね」と
慰め合うように。
その後の人生でも、状況は長く変わりませんでした。
ウィーンに留学しても、
Nがイギリスで初めて自分の世界を見つけても、
Hにとっては、「友達」という存在は、
どこか遠い世界の出来事でした。
帰国したHは、Nがイギリスにいることで
一人の時間と戦うことになります。
途方に暮れていました。
そんな彼女を、いつも救ってくれたのは「歌」でした。
歌だけが、一人でも大丈夫だと思える、唯一の光でした。
…そして、今。 友達?いない、、から二十数年
Hは、かけがえのない友達に囲まれています。
28年間、「私にはできない」と思い込んでいた、
その場所に、彼女は立っています。
共にコンサートをする仲間たちは、
Hの特性を理解しようと、心から歩み寄ってくれます。
「ミーティングには休憩が必要」
「静かな場所でないと話が耳に入らない」
「話す時は、手をあげて一人ずつ」
そんな、彼女が生きていくために必要な「条件」を、
みんなが「OK!」と受け入れてくれるのです。
なぜ、今?
Hは、ずっと「みんなに合わせて」生きてきました。
定型発達の人のやり方に自分を合わせることこそが、
仲良くなるための唯一の方法だと信じて。
でも、ある時から、彼女はそれを辞めました。
自分を守るための「カモフラージュ」を、
一つ、また一つと、脱ぎ捨てていったのです。
自分はどんな人で、何が必要なのか。
それを、正直に、勇気を持って、伝え始めました。
すると、すこしずつ世界は変わりました。
「掴みどころのない人」だったHの、本当の姿が見えた時、
「そんなあなたのままで、友達でいたい」
と仲間が言ってくれたのです。
そして、明後日。 仕事仲間とはまた別のお友達から、
「話さない?」と、お誘いが来たそうです。
28年前には、夢見ることさえできなかった出来事。
その報告をしてくれたHは、何度も、何度も、
こう言っていました。
「うれしいなあ」 「うれしいなあ」と。
その声を聞きながら、私も、ただ、「うれしいなあ」でした。