発達障害の娘の「遊び」

こんにちは

 

カブト カブト カブト

間も無くこどもの日がやってきます。

我が家に男の子はおりませんが、子供の成長は嬉しいものです。

鯉のぼりが、家ごとに飾られるよりも、校庭や、公共の場所などに飾られるようになっていますね。

何十、何百の鯉のぼりを拝見すると、その数だけ、子供たちが大きくなったのだと思います。怒り 怒り 怒り

 

だんだんと年齢が上がるにつれて、遊びも変わりますね。

当然のことですが、それがそんなに変わらない人もいます。はい、我が子Hですね。ニコニコ ニコニコ ニコニコ

 

みなさん、よく、「子供の心を持っていたい」とおっしゃいます。でも、そんなに都合よくその時だけ子供の心になろうと思ってもなかなか難しいと思うのです。そういう轍ができていないから。

 

大人になるのには、2種類あって(私が思うに)

ハートそのまま、多少の葛藤はあっても、たけのこのようにすくすく大人になるのと、、、

 

ハート周りが大人になっていくのを見て、そうならなければならないと思い、大人だったらこうする、、のかな?という鎧をつけていく、、

 

この2種類。前者の「スクスク」には、葛藤もあるでしょうし、心身のアンバランスももちろん起きるとは思いますが、子供の頃のように鬼ごっこをしても楽しいか、滑り台に夢中になれるか?、と言ったら、それはちょっと。。。になる人たちを指しています。

校庭に出て、走り回るよりも、机の周りに集まって昨日見たドラマの話をしている方が、楽しくなったりする。これをすくすくと大人になると書きました。ダッシュ ダッシュ ダッシュ

 

後者は、我が子のように、その小さかった頃の遊びが今でも楽しく、それを楽しいと思わなくなっていくクラスメイトを見て、寂しく思い、それでも仲間はずれは寂しいので、「成長するとこうなるらしい」という鎧を着ます。ドクロ ドクロ ドクロ 

 

先日、この鎧をつけていることに、とても疲れて、自分らしく生きないことで上手くいかなくなってきたことに気づいたHがふと、私に言いました。おねがい おねがい 

 

ねえ、30分でいいから遊ばない??走る人 走る人 走る人 走る人

 

テレビを見ることでもなく、喫茶店で喋ることでもなく、「遊ぶこと」とは、ゲームをしたりボール投げをしたりすることです。

ちょうどスーパーに行く用事があったので、やったことのないカードゲームを買い、ミットもボールもマジックテープが付いたような、ボール遊びができるセットを買いました。

 

部屋の中で、カードゲームをして、その後、ビリビリボール(ここではそう呼びますね)で遊んだのでした。義理チョコ 義理チョコ 義理チョコ

 

きっとすごく楽しかったのだと思います。その後、自分が、どんなきっかけで、今のベースができたのか、など深い話になり、中学時代のトラウマが大きかったなど、昔と向かい合いつつ、鎧をとって生きていく話になっていきました。ハートのプレゼント ハートのプレゼント ハートのプレゼント

 

これは認知行動療法を始めたことも大きいですね。根本的な質問から、少しずつ彼女を紐解く時間です。ドクターから「Hさん、いっぱい頑張ってきましたね」と言われ、そうか、私頑張ってきたんだと自覚が少しずつできてきたようです。「わがまま」と先生に言われて、それ以来、自分らしくいることがいけないと思い込んで、常に自分に「怒り」自分に「厳しく」自分に「不満」で生きてきました。ドクターに感謝。。。ニコニコ ニコニコ ニコニコ

 

そしてその日、、、、

 

最後は、こんな話で終わりました。

「ねえ、来週も、このお遊びしよう!!?っね!」くまクッキーうさぎクッキーねこクッキー