発達障害の双子をシングルマザーとして育てることになった日
シングルマザーが長いと夫婦でいるという感覚を忘れてしまいます。
私がシングルマザーになったのは、今から四半世紀以上も前のことです。
こんなことが自分に起きるとは思ってもいませんでした。
だから驚きましたが、それだけ鈍感だったのかも知れませんし、気づきたくなかったのかも知れません。
真相は闇の中ですが、ある日突然、いなくなったのです。はい、蒸発しました。
それはまだ我が双子が幼稚園の時でした。そんなことって、、、
あるんですね。朝起きたら、連絡も何もなしで、いなくなっていました。
細かい話をすると、すごい量になってしまうので、ここでは、触れませんが、とにかく居なくなりました!!
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いなくなったのは、ちょうどハンディカムのコマーシャルソングを書いていた頃。
ちょうど親子で北海道に行く映像を撮りたい、、あ、双子ですね、秦さん、出演もしてください、、ということになりました。
が、その出演の直前に 煙のように消えてしまいました。
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その時のドキドキは、口から心臓が飛び出そうでした。その頃は会社からの伝言はファックスが主流で、テレビ局からも、ソニーからも持ち物、待ち合わせ、飛行機の便など、山のように伝達がきて、、恐ろしかったのを覚えています。
どうしても、夫がいなくなりました、、とは言えなかった、、いよいよ言わなきゃ、、というときに、、
『羽田に何時?』という電話が来ました。
ホッとすると同時に、悲しい、悔しいが塊になって襲ってきました。でもとりあえず、仕事に穴を開けずに済んだことはホッとしました。
でもね、、そんなに簡単に割り切れるほど簡単な事件ではありません。
この可愛い盛りの子供達を置いていったのか?しかも黙って???と仲のいい4人家族を北海道で演じることには相当負担がありました。
でも久々に父親に会った彼女たちは嬉しそうで、それは救いでした。
昼間は、撮影でニコニコ、仲がいい家族風
夜間は、ひたすら泣いてました。。。
そして撮影が終わって羽田で、第二の蒸発。
子供達は、一緒に家に帰れると思っていたので、泣きまくり
私は、大きな衣装のトランク2つと双子の手を引いてそこから家に帰りました。
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その時の泣き声は、今でもよく覚えています。
そして、これはもう帰ってこないと覚悟をした日でもありました。
この時には、発達障害があることはまだわかっていません。
ひたすら、ひたすら、一生懸命にこの子達を育てなければと思った日でした。
まさしくこの頃です。寂しかったよね!よく頑張りました。
電子書籍 キンドルで子育てのこと、いっぱい書いています。
よろしかったら読んでみてくださいませ。
