ユニフォームに抱かれて 第5節
明日未明、いよいよ今シーズンのヨーロッパ王者を決めるチャンピオンズリーグ決勝が行われます!!
いやぁ、たのしみだ(^∇^)
何と言っても注目はクリスティアーノ・ロナウドでしょうね♪
これでCL取ろうもんなら、バロンドール間違いなし(今の時点でも固いか?)
明日は寝不足の人が続出でしょう…
というわけで今回はCL決勝を前に、マンU VS チェルシーと言うことで、
この時のユニフォームはちょうどベッカムがプレミアデビューした頃のユニフォーム
しかしこの頃の7番といえば、彼が居たためベッカムではないですねwww
「エリック・ザ・キング・カントナ」
そう恐怖のカリスマです(゚ー゚;
元フランス代表監督エメ・ジャケが、「カントナに代表落選を告げる時、死ぬほど怖かった」と言い、
マンチェスター・ユナイテッド監督アックス・ファーガソンがシアラー獲得断念について「シアラーを獲得するにあたって、問題があった。シアラーがPKを蹴りたがるが、その頃チームでPKを蹴っていたのは“カントナ”だったのだよ…。」と語らせる、栄光の背番号7でした
だけどオレを含め、好きだったという人は多いんですよね(*^▽^*)
そのころから今も残ってる選手と言えば、スコールズとギグスだけか…
今回、正直マンUを応援していますヘ(゚∀゚*)ノ
いや、嫌いじゃないんですけど…
どうもアブラモビッチがオーナーになってからは、やりすぎ感が否めません(;´▽`A`
(同じロンドンでもアーセナルの方が好きなので…)
過去にフリット(セクシーフットボールを見せてくれるはずが、何も起きなかったけど)やゾラが所属、
その頃は好きでしたねぇ(´∀`)
今も25番と言えば、中村俊輔やアデバヨールでなく、ゾラって感じですな♪
ちなみにこのユニフォーム、以前ロンドンの人とフットサルした時にこれ着てたら、
「Chelsea、NO!I’m Arsenal !」
と、握手を断られました(笑)
まぁ結局、どちらが勝ってもトヨタカップにスターが大勢くるので、明日未明を楽しみにしましょう(o^-')b
オマケ
通称カンフーキックモデル(笑)
多分オレが初めて自分のお小遣いで買ったユニフォーム!
なぜカンフーキックモデルかわからない若者の方、こちらをどうぞ
いやぁ…、キングにはうかつに野次も出来ませんね((゚m゚;)
ユニフォームに抱かれて 第4節
さて第4節は…、
呉市の片隅にあるオレの出身中学、このユニフォームだったなぁ、懐かしい(´▽`)
1990年に東西ドイツの統一がなされ、最後の「西ドイツ」となったイタリアW杯
大会での内容がどうあれ、ベッケンバウアー監督の下、マテウス、ブレーメ、クリンスマン、フェラー、リトバルスキー、ブッフバルト、バイン、へスラー、コーラー、イルクナーといったメンバーはドイツ史上歴代最高のタレント集団だったではないだろうか?
その中でもリトバルスキー(ジェフ、旧ブランメル、アビスパ)、ブッフバルト(レッズ)、バイン(レッズ)のW杯優勝メンバー3人がJリーグにいたのはすごいな
当時はよくリトバルスキーの切り返しを必死になって真似したもんです
余談ですが、実は1990年の東西ドイツが統一されて、西ドイツ代表の記録は現ドイツ代表に引き継がれてるが、なぜか東ドイツの記録は現ドイツ代表とは別個に東ドイツ代表として扱われてたりします
ふと思ったんだがこの1990年のイタリアW杯
優勝国にもかかわらず西ドイツのイメージが全然無いのは何故だ!?
書く事が思いつかない!!!
バッジョ、マラドーナ、バルデラマ、ストイコビッチ、ガスコインといったファンタジスタ達の影に、守備的に戦った西ドイツが隠れてしまったからか???
そして…、今だにドイツが地味に感じるのはオレだけなんだろうか(@ ̄人 ̄@)
ユニフォームに抱かれて 第3節
第3節の今回…
まずはこちら!
1988年オランダ代表
EURO88でファンバステン(現オランダ代表監督)、フリット(現ロサンゼルス・ギャラクシー監督)、ライカールト(現バルセロナ監督)のACミラン・オランダトリオを擁するチームで、オランダ代表の唯一の国際タイトルを獲得した時のユニフォーム
もはや伝説となった決勝でのファン・バステン流星ボレー はあまりにも有名!
またこの時ファンバステンはケガのため補欠番号の12番で登録、その影響で現在もアンリやその他多くのストライカーが代表で12番を付けているのを現在でも目にする
そんなオレもファンバステンが大好き!
フットサルやサッカーでは必ず12番を付けています![]()
そのオランダ・ファンバステンに関連し、
ファンバステンがアヤックスからACミラン移籍し黄金期を築く
「マルコ・ファン・バステン」
オランダトリオの一角を担ったファンバステンは1980年代から1990年代初頭を代表するフォワード
3度のバロンドール(88年、89年、92年)とFIFA最優秀選手賞(92年)を受賞した
87年から95年に在籍したイACミランでは、前述のフリット、ライカールトと共に数々のタイトルを獲得
「9本のスーパーゴールと10本の平凡なゴール、どちらかを選べというなら僕は迷わず10本の方を選ぶよ」
サイドに流れてのプレー、下がりながらボールを受けてのラストパス、オフサイドラインからの飛び出し、ドリブルでDFを抜き、長身を生かしたヘディングとポストプレー、相手DFからボールを奪う前線での守備をして、両足から繰り出されるシュートは針の穴を通すように正確で、ミドルシュート、ループシュート、ボレー、フリーキック、PK、ドリブルでキーパーをかわしてシュート、一発でシュートを打てる所にコントロールする柔らかいボールタッチ、さらにはアクロバティックなシュートをも決める…
まさに「究極のセンターフォワード」
エースストライカーとして相手DFから激しく執拗なマークやバックチャージなどを度々受けていたが、類まれなボディーバランスで倒れようとはしなかったため、足首の故障が悪化し計4回手術を行ったが完治せず、若くして引退する事となる…
そのため「第2のファンバステンを出してはいけない!」という声から、94年W杯を機に後からのチャージに即刻カードが出されるといった規定の変更がなされたのは有名な話
オレはトヨタカップで当時のACミランを見てサッカーが好きになったので、やはりACミランには特別な想いがありますね(*´σー`)








