こころが居場所を潰すほど膨張して からだは抑制が効かなくて
この気持ち悪い状態をいっそ楽しめたら…ラリルレラリラ♪ラリルレロ♪

…アーサー・ジョンソンは
孤独を愛したのだろうか
狂気を愛したのだろうか

憎むべき「優しい愛情」欲し過ぎたために
歪んだ螺旋階段を上りつめ
すくわれた足元にすら裏切られたのだろうか

正義と悪の線引きはどこにある?

アーサーは「模範的」
あらゆる意味で「模範的」
線引きも「模範的」

貴方の死を悼みます
大震災後、ボランティアに向かう人、支援物資送る人、チャリティー開く人、義援金送る人…

手段は様々だけど、被災地へ向けて行動を起こした人々に、国民中が注目し尊敬し感謝したことと思う。
勿論私もそのひとり。

でも本当はそれ以外に、他にも感謝したい人達がいる。それはもっと身近の人達。

たとえば。
震災の当日夜、帰宅難民の人達が押し寄せるなかでレジを打ち続けたコンビニの夜当番のバイトさん。

大震災の翌日、きちんと朝刊を届けてくれた学生配達員さん。

大震災の翌朝、不安にかられた客をさばき、商品を補充し続けたコンビニやスーパーのバイトさんや店員さん。

節電や計画停電に協力しながら暗く寒い店内で黙々と作業し、かつお客様を誘導していたバイトの女子さん。

昼夜問わず、テナントビルや巨大駐車場などの施設を見守り続けた警備員さん。

計画停電で信号が付かなくなった道路の真ん中で車両誘導を続けた道路工事のお兄さん。

地下にはガスタンクがあるその真上で、長蛇の車に給油を続けたガススタンドのバイトさん。

この人達だって同じように震災に晒されたんだ。
いつくるとも解らぬ余震に怯えていたハズなんだ。

自分んちの防災準備とか気になっただろうし、
出来ることなら家族と一緒に家で待機していたかったと思うんだ。

それでもいつもどおりに働いていた。

おかげで、大震災の翌日には地震を伝える新聞を見ることができた。
コンビニは開いていて、とりあえずの食料などを買いにいくことができた。
働く人々はビルに入ることが、車を使うことができた。
大震災直後、この人たちのおかげで、少なくとも都内の人達は生活を営むことが出来たんだ。


大震災翌日の朝。
ドアに新聞が入っていたのを見たときには、本当に心から尊敬し感謝した。

配達途中で地震に遭ったら、何が起こるか予測もつかない。
何が落ちてくるか、何が倒れてくるか、何が崩れてくるか
…地面が隆起するかもしれない。
…自動車がタイヤをとられて突っ込んでくるかもしれない。



感謝したい人、沢山沢山、いる。

伝えるのがとても遅くなってしまったけれど

震災直後も働いてくれた皆さん、本当にありがとう。

余震の恐怖で街が不安定ななか、いつもどおりに働いていた勇気にありがとう。

頑張ってくれて本当にありがとう。
はい。
タイトルのとおりです。
その昔は、苦手どころか付き合いなんて嫌いなくらいでした。

親や兄弟に干渉されるのがイヤでした。
学生時代も知人を大事にしませんでした。

社会人になってもそれは変わらず、会社の人達との付き合いはとても煩わしいものでした。
昼食時間にみんなで集まって弁当広げ、テレビドラマの話題に花を咲かすのがイヤでした。
バラエティ番組も占い話も心底どうでもいい事でした。

友人はいましたが団体で動くのは苦手でした。
カラオケに付き合うのも、ボーリングに行くのも、飲み会に行くのも、楽しいと思いませんでした。

ある日。

自分というものが内部崩壊し毎日が「懺悔」の日々にりました。
そうしてやっと…初めて「人」の存在の有り難さを知りました。

けれども過去に破壊した人間関係は修復不可能です。なすすべはありません。

だからこそでしょうか。今後築くであろう人間関係は大切にしたい!と、心の底から叫びました。反省し決意しました。

しかし。

元々人付き合いの下手な私は、その方法がわかりません。

「とにかく盛り上げなきゃ」
「とにかく笑わなきゃ」
「とにかく話さなきゃ」
今の私には悲しいかな…これしか出来ません。
術を何も持たない私は、かつて誰かがそれをしていて内心「バカバカしい」と感じていた、
その場の「仕切り」や「盛り上げ」を真似ることで、不器用ながら人との関係を繋ぎ止めようとしています。

勿論自然体ではありません。
人との関係どころか「不自然」で「無能」で「KY」なイメージを築き上げているだけのようです。

それでも頑張るしかありません。


頑張るしかないのです。