1960年代後半、アメリカはベトナム戦争に本格参戦し、
徴兵制は拡大され、戦争に協力することが愛国心だと言われ、
反対する者は非国民だと見なされていた時代、
モハメド・アリは徴兵を拒否した。
「俺は、わざわざ1万マイルも離れた場所に行って、
貧しい人々を殺すための戦争なんて手伝わない。
もし死ぬなら、ここで死ぬ。今すぐ、お前と戦って死ぬよ、
それなら納得がいく」
国家を敵に回しても、彼には守るべき良心があった。
守るべき自由が、信念があった。
アリの言葉を聴こう。今、まさに私達はこの場所にいるのではないか。
モハメド・アリの言葉
――ベトナム戦争への徴兵を拒否した際のインタビューより
「俺は逃げたりしない。
旗を燃やしているわけでもない。
カナダに逃げるつもりもない。
俺は、ここアメリカにとどまる。
刑務所に入れたいって?いいさ、どうぞご自由に。
俺はもう400年間も刑務所にいるようなものだ。
さらに4年か5年くらい、何てことない。
でも俺は、わざわざ1万マイルも離れた場所に行って、
貧しい人々を殺すための戦争なんて手伝わない。
もし死ぬなら、ここで死ぬ。
今すぐ、お前と戦って死ぬよ、それなら納得がいく。
だって――
俺の敵はお前だ。
中国人でも、ベトコンでも、日本人でもない。
自由を求めたとき、立ちはだかるのはお前だ。
正義を求めたとき、邪魔をするのはお前だ。
平等を叫んだとき、それに耳を塞ぐのも、お前だ。
そんなお前が、俺に「戦え」と言う?
ここアメリカで、俺の権利も、宗教的信念も守ってくれないくせに。
自分の国の中ですら、俺を守らないくせに、
なんで俺がお前のためにどこかで戦わなきゃいけない?」
この発言により、アリは1967年4月28日、ヒューストンで拘束された。
世界ヘビー級チャンピオンの地位は剥奪され、ライセンスは停止し、
試合に出られず、収入の道も断たれた。世間の非難を浴び、脅迫状が届き、
命の危険にもさらされるが、彼は信念を曲げなかった。
裁判では禁固5年と罰金1万ドルの有罪判決を受けるが、裁判闘争の末、
1970年10月にリングに復帰し、1971年6月に最高裁判所で無罪を勝ち取った。
アリは、2016年6月3日にこの世を去るが、その勇気と信念に基づく言葉と行動は、
アスリートが社会問題に対して声を上げる先駆けとなり、反戦、反差別、
平和主義の象徴として、今なお、人々の心に灯を点し続けている。




























































