「無」について空海さんに聞いてみます。
すると、ふんわりとした空気の塊が浮かんで見えてきます。風船のようなシャボン玉のような感じです。
それがふわふわしながら目の前に現れて
「この中は無です」無は軽いから上に上がる、神に近づくということです。
「嫌、嫌い、やらない」 がある人は我欲なので、無ではなく、塊は重くなり、下に落ちる。どんどん魔にの方に行くと教えてくれました。
嫌だから、避けていく、逃げていく、逃げ道だけを探す。逃げ方はうまいけど、できる人にはならない。
できない人の中には、あきらめる人と努力する人と二手に分かれます。
努力して「できる」を増やす人が頭がいい人です。「できる」が多いんだから当然。
あの人勉強ができるのできるは「できない」がない人です。
その努力をしてきた人は何に対してもあきらめず「できる」をしようと努力していきます。
できない言い訳なんかしないです。できないがないから。
できないのはなぜだ?
どうやったらできるんだ?
できるようにするにはどうしたらいいんだ?
これらに答えを言える人が「できる」人です。
出来ない人はこのことを考えないからいつになっても「できない」
できないから、他の人がやってくれるんじゃないか?自分じゃなくても誰かいると考える。
そして尻拭いしてもらって、なんとかやって、自分はできない理由を言ってすり抜けていく。
できないをそうやって打ち消して生きていく。
そしてできる人はその人の尻拭いをしていく。仕事が増えて、できない人は暇になる。
時間が余っているから、考える時間が増えるのだが、その考えが「できなかったらどうしよう」
「このままじゃまずい、でもできないからしかたない」「誰かやってくれる人いる」
という落ちた考えになる。
そんな人は考える努力をしているようにみえるが、マイナスの考えしか浮かばない。
いつまでそんなことをしているんだろうと思う。
結局は誰かのために何かをしていくのではなくて、できないを武器に生きていくのでしょう。
神様はそのやり方をちゃんと見抜いている。