「あのこと」 | やっぱり映画が好き

やっぱり映画が好き

正統派ではない映画論。
しかし邪道ではなく異端でもない。

【ネタバレ】あります。すみません、気を付けてください。

 

主人公の大学生・アンヌの妊娠・中絶をめぐる世間と個人の苦悩を描く。60年代のフランスは中絶が違法であり、言葉にするのも憚れる環境であった。アンヌにそれは間違っていると異を唱えてる時間はない、なぜなら日々胎児は成長し堕胎するリミットは迫っている。終始アンヌを追いかけるカメラは彼女の焦燥感を映し出す。原作は今年(2022年)ノーベル文学賞受賞したアニー・エルノーの「事件」自身の実話に基づいた物語となる。

 

自己責任ではあまりに瑕疵がある規律と周囲の人々の従属意識にアンヌは苛まれる。価値観の違いとはいえ、女性の権利を認めない根底にキリスト教保守派による思想が影響する。中絶を罪だと考える人々に個人の尊厳はどう捉えているのか、命と愛情の倒錯は、互いに義憤をもたらすだけではないか、もどかしさが弱者の心を蝕んでいく。終盤、アンヌの苦痛は男性である私も同調する。えも言われぬ痛さが伝わってくる。これを彼女の大罪と切り捨てられていいはずはない。救いの手を奇跡の光明ではなくリアルな情景に映し出す演出が印象深い。

 

宗教と人権、神を信奉する人々に戒律は果たして必要なのか。もちろん個人や共同体を破綻させる無分別な言動を慎む規律はあって然るべきなのだが、個人の自由や尊厳を奪うような抑制は望まない領域であり、盲信する果てにはカルトへ足を踏み入れる危険性を孕んでいる。可視化される世界がかけ離れていき壁をつくってしまう閉塞感に陥ってしまう。私は "○○しちゃダメ!" と言われると、したくなる捻くれ者体質なので受け入れられない。とはいえ、確固たる信念を持ち合わせていない人にとって、宗教という心の拠り所は無用とは言い難い。大切なのは、そのバランスである。揺れ動いてもいい、誤ってもいい、その都度修正して歩めば見当違いな方向へ迷わない、神の教えも疑っていいのだ。

 

日本においても女性の人権問題、宗教問題、こちらを優先せず経済問題や防衛問題へと鼓舞する私利私欲な男性諸氏(わずかに女性もいる)が野放図になっている。周囲にも忖度重視のホモソーシャルな人々が邪魔立てして蔑視を剥き出しするから、茨の道に迷路をこしらえているようなもんである。虐げられるマイノリティに救いの手を差し伸べない社会は必ずや崩壊する。マイナポイントでは救われない。

 

-----------------


ここまで読んで下さってありがとうございます。ブログランキングに参加しています。

もしよろしければ、↓下をクリックしてください。よろしくお願いします。

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村