若者は不安と希望を兼ね備えた力がある。それは社会へ訴えかける思いの丈を全力で向かおうとする清々しさにも通じる。その反動で若気の至りに対する社会からの制裁を甘受する。時は戻せない。どこで道を誤ったのか、それともこれは運命なのか、たられば、では解決しない。悩みながらも前進していこうとする人間賛歌。
冒頭からの疾走感に驚嘆、恵まれた家庭環境で育つ高校生の黒人男性が "ある事" をきっかけに転落していく。そこまで堕ちていくのか、と観客側も胸締め付けられる。さらに後半、崩壊した家族が再生へと模索する展開が削ぎ落とされた台詞の中で活きてくる。物語内容はありふれていても撮影・編集・選曲でここまで狂おしくさせるトレイ・エドワード・シュルツ監督の手腕は逸材の証。
流行りの映像と音楽に彩られた作品と思わせるようなポスタービジュアルだが見事に裏切られる。この物語は社会に対する反抗や時代に流されないライフスタイルの紹介でもない。ましてや生ぬるい自己発見・自分探しなんか取り合わない。ここには家族・恋人・伴侶というお互いに傷つけたくない、傷つけてしまう危険をはらんでいても寄り添いたい、という世界最小の社会を問うている。匿名になりがちなネットの繋がりではなく、己をさらけ出して悩む姿に胸打つ。"5G" という未来展望ではなく、"0G" という非ソーシャルディスタンスで物語る。
個人的に "ここ大事" というのがある。そのひとつはクラブシーンで見受けれる演出。選曲やその場の美術を含めた雰囲気、ここで演出側の熱量が如実に伝わってくる。それほどクラブという空間に関心がなかったり、良き経験がなかったり、もうそういったトコには行った事すらなくて情報として伝聞されたものであったり…ざっくりネガティブな方向性を垣間見せると、そこで享受している人々の心情が演出側のそれとシンクロしてしまい、しらけてしまう。この作品はシュルツ監督はクラブ好きであろう。有無をいわせずアガる、魅力ある空間としてカッコイイ映像が流れゆく。観客をも翻弄していく。"ここ大事" なのだ。
選曲センスよろし。帰宅してサントラを聴くと、私には馴染みのないヒップホップ系が多い、うーむ、ストライクゾーンが狭すぎる私にはヘビロの道に至らぬ。そうよ、私は偏向すぎるのよ、先日夢の中で聴いた楽曲紹介するよ、原由子「あじさいのうた」 これ、嘘のような本当の話。
-------------------------
ここまで読んで下さってありがとうございます。
ブログランキングに参加しています。もしよろしければ、
↓下をクリックしてください。よろしくお願いします。
![]()
にほんブログ村
